「マッチング恋愛」と「一目惚れ」、どちらが「ウソのない純粋な恋愛」なのか…ひとつの「意外な視点」
恋バナ、大好き
みなさんこんにちは、ウェブ媒体の編集をしているMといいます。34歳の男性です。 ふだんは小説や文芸のジャンルとは離れたところで仕事をしていますが、ここではそんな「傍流編集者」の立場から、「文学のちょい読み」をしていきます。 今回読むのは、【前回】の記事(「母親は「息子の恋愛」に「呪い」をかける…?「親子」と「恋愛」をめぐる「ゾッとする事実」」)につづいて、高瀬隼子さんの短編集『新しい恋愛』。 高瀬さんは『おいしいごはんが食べられますように』(2022年)で芥川賞を受賞した気鋭の作家です。 『新しい恋愛』は、恋愛というものに再考を迫ってくるような迫力のある作品です。とくに表題作「新しい恋愛」は、「現代の恋愛」……なかでも「マッチング恋愛」とその周辺についてあらためて考えさせてくれる物語です。 本短編のあらすじはこんな感じ。もうすぐ26歳になる一人暮らしの知星(ちほ)のもとに、姪っ子(歳の離れた姉の一人娘)である、中学生の美寧々(みねね)が「お泊まり」にきます。その夜、美寧々は知星に、「恋バナ」をしようとさかんに持ちかけます。知星には付き合って3年になる恋人の遥矢がいて、年頃の美寧々は、知星がじきにプロポーズをされるのかどうかに興味津々なのです。 (以下、作品の中身にふれているところがありますので、ちょっとでもネタバレされるのが嫌という方は、「新しい恋愛」を読んだあとにぜひ残りをお読みくださいませ)
ロマンチックに耐えられない
お泊まりの夜の「恋バナ」の最中、知星は、美寧々からプロポーズについてしつこく尋ねられ、こんな驚くべきセリフを口にします。 「プロポーズされたくなくて」 純粋な恋愛にあこがれている美寧々は、この答えにたいして、不服そうな、釈然としない反応をし、さらに知星を問いただします。しかし、知星はこうつづけるのです。 「ロマンチックなのが、嫌だから」 この言葉を契機に、知星の「ロマンチックにたいする懐疑的な気分」(という表現は本短編ではなされていませんが)が明かされていきます。ここが本短編の一つの読みどころでしょうか。 そして終盤、ある人物のゾッとするようなひと言により、当惑にみちた雰囲気を残しながら物語は終わります。 さて、興味深いのは、この物語においては「マッチング」による恋愛が、少し昔に流行したものとされている点です。美寧々は「マッチング恋愛は古い」という価値観を学び取った新世代だからこそ、戦略的な態度をとない、直感的に人を好きになる恋愛を「よいもの」「新しいもの」として受け取っています。 たしかに、恋愛対象にさまざまな「条件」を求める、戦略にみちたマッチング恋愛ってちょっと不純な雰囲気があるよね、ビビッとくる直感的でロマンチックな恋愛のほうがいいかもね……と、私などはいったん美寧々に説得されそうになります。しかし、知星の「ロマンチックへの懐疑」を見ていると、「はたしてロマンチックはそれほどよいものなのだろうか」とも思わされるのです。