「ホームから線路に転落」視覚障がい者の3割以上経験 人の優しさは“白い杖”の代わりになれる?【広島発】
視覚障がい者のうち「白い杖」を使用している人は、広島市だけでも600人以上いると言われている。目が不自由な人たちが本当に安心して暮らせる社会とは何なのか。20代で目の光を失った一人の男性に密着した。 【画像】白い杖をついてホームに立つ視覚障がい者の仲前暢之さん
白い杖と音を頼りに通勤
いつもの朝を迎えた広島市内の住宅街で、コツン、コツンという音が聞こえる。白い杖が地面に触れる音だ。 仲前暢之さん(61)。23歳の時、緑内障が原因で光を失った。職場へ向かうため、地面を杖でなぞるように道を探りながら進む。時折、歩道にはみ出した車や電柱にぶつかりそうになる。 音の出る信号機がない交差点も耳を頼りに渡っていく。仲前さんは「車の動きを音で聞いて、同じ方向に車が動いていたら信号が青だなという感じで、音を頼りに渡っています」と話す。 健常者が5分で歩ける道のりに2倍以上の時間をかけて、広電西広島駅に到着。悪戦苦闘の日々は、もう何十年も続いている。
「横断歩道を渡るのが一番緊張する」
路面電車に乗り、広島市中心部の八丁堀で下車。青信号で音が鳴る横断歩道を渡ると今度はバスに乗り換える。 バスを待つ間に取り出したのはスマートフォン。仲前さんはバスの行き先や到着を音声で知らせるアプリを活用している。 「このバス停は行き先がいろいろあるので、間違えたら保健所(職場)に行けない」 仲前さんの乗るバスが来た。車体に手を当て、乗車口を探す。バスの停車位置が少しでもずれると乗車口がわからなくなってしまうためだ。 「道の真ん中を歩くとどこにいるかわからないので、端っこを歩くんですけど、やっぱり電柱があると電柱にぶつかったり、音の出る信号機があっても横断歩道を渡るのが一番緊張します」 これが仲前さんにとって日常の通勤風景だ。
もしホームから線路に転落したら…
仲前さんには忘れられない出来事がある。 16年前の2008年、JR前空駅で視覚障がいのある男性が線路に転落。ホームに上がり切れず、電車と接触して亡くなった。男性は仲前さんと同じ盲学校の同級生だったという。 もし線路に転落したらどうすればいいのか。 11月10日、広島県内初となる視覚障がい者が線路上を歩く訓練が行われた。参加者の中には仲前さんの姿もあった。 JRの職員やヘルパーと一緒に恐る恐る線路を歩く仲前さん。胸の高さほどあるホームに手を置いた。 「これがホーム…。高さはどのくらい?下のスペースはない?」 転落してしまった場合に身を守るスペースがあるか質問すると、ヘルパーが答えた。 「ホームの下に人が入るところはないですね」 JRの職員も様子を説明する。 「駅によってはあるんですけど、西広島駅はないですね」 「もし転落したら…」 「助けを呼んでいただく」 逃げ場がないことがわかると仲前さんはホームに両手をつき、力の限りジャンプ。しかし… 「無理じゃね。難しい。とにかく声を出して、周りの人に非常ボタン押してもらうか」 “ホームの壁”を上ることは、障がいがあってもなくても容易ではなさそうだ。 参加者の中にはホームから転落した経験を持つ人もいた。20年前にホームから転落したという本木里美さんは「遠足か何かでホームに子どもがたくさんいて、よけて歩こうとしたら落ちた。駅は人が多いところでとても怖いですね。目が見えない人も歩いているということを知っていただき、白い杖の人を見たらちょっと気を付けていただけるとありがたい」と話す。 2021年の国土交通省のデータによると、視覚障がい者の36%が線路に転落した経験があると答えている。