オーストリア総選挙で「ナチスの亡霊」が第1党 もはや「極右」は欧州政治の主流に
<オーストリアの国民議会選挙で、移民に対する国民の不安を煽ってきた「極右政党」自由党が戦後初めて第1党に躍進した>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]9月29日投票が行われたオーストリア国民議会(下院)選で極右政党の自由党が初めて第1党に躍進した。過半数に届かず、2位の中道右派・国民党が連立に応じるかが焦点。親露の自由党は隣国ハンガリーと緊密に連携しており、ウクライナ支援への影響も懸念される。 【動画】空飛ぶハーゲンクロイツがドイツの遊園地に登場して批判殺到 定数183議席、投票率78%。 開票結果は自由党56議席(得票率28.8%、25議席増)、カール・ネーハマー首相の国民党52議席(同26.3%、19議席減)、中道左派・社会民主党41議席(同21.1%、1議席増)、NEOSは18議席(同9.2%、3議席増)、緑の党16議席(同8.3%、10議席減)の順だ。 オーストリアで極右政党が第二次大戦後、第1党になるのは初。自由党のヘルベルト・キクル党首は「今日、私たちは新しい時代の扉を開いた。今こそオーストリアの歴史に新たな章を共に書き加える時だ」と勝利宣言した。国民党が社会民主党との連立を模索する道も残されている。 ■移民激増で民族の危機意識が高まったオーストリア 自由党は激増する移民への不安、高インフレ、ウクライナ支援の是非、コロナ対策に対する国民の不満を煽って支持を広げた。連立与党の国民党と緑の党は惨敗した。オーストリアの人口の27%は本人または片方の親が外国生まれといった移民背景を持ち、民族の危機意識が高まる。 近年、特にシリアやアフガニスタンの紛争から逃れてきた難民からの大量の難民申請があり、移民政策に関する国民の議論が沸騰。反イスラムの自由党は難民申請の保留、却下者の国外追放、国境警備の強化、強制送還で移民を規制する「要塞オーストリア」計画を唱える。 ウクライナ戦争で欧州連合(EU)は対露制裁を厳格化したが、オーストリアは現在もガス輸入量の83~98%をロシアに依存する。しかもオーストリアの公益企業は2040年まで続くロシア企業ガスプロムとの契約によりロシアから大量の天然ガスを購入しなければならない。 ■戦後オーストリアは「ドイツの一掃」に努める 国内でEU政策への反発が強まる中、自由党はロシア産天然ガスの価格は手頃なためエネルギーミックスの一部として残すべきだと主張。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に近いハンガリーのオルバン・ビクトル首相と歩調を合わせてきた。 戦後オーストリアがナチスやドイツの影の一掃に努める中、自由党は1956年、元ナチス党員や汎ゲルマン主義者を中心に結党された。反移民、欧州懐疑主義、ナチス時代の政策を称賛する故イェルク・ハイダー党首(任期86~2000年)の下で党勢を広げた。 2000年に自由党が国民党との連立で政権入りした際には国際的非難が巻き起こり、EU諸国が一時的に外交制裁を発動した。17年にも国民党主導で連立政権を樹立している。主に裏方を務めてきたキクル氏はハイダー氏のようなカリスマ性に欠けるが、その毒舌ぶりで人気を集める。 ■ナチスの過去を美化する自由党のキクル党首 アレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領を「老いぼれのミイラ」と罵倒。ナチスがオーストリアを併合した後、アドルフ・ヒトラーが「ドイツ帝国への復帰」を宣言した歴史的なウィーンのバルコニーを選挙運動ビデオで紹介し、ナチスの過去を美化していると批判された。 キクル氏は自らをヒトラーが名乗っていた「フォルクスカンツラー(人民宰相)」と呼ぶ。「要塞オーストリア」計画は、同化に失敗したとみなされる中東・アフリカの非欧州系移民を大量追放・強制送還する「再移住」の派生形と言える。 「再移住」の原点はナチスの純血思想。自由党の主張は多文化主義が国家のアイデンティティー、文化、社会的一体性を脅かすという極右思想と連動する。自由党が得票率25.4%で初めて全国トップになった6月の欧州議会選では多くのEU加盟国で極右政党が躍進した。 極右は間違いなく欧州政治の主流の一つになった。