東日本大震災で亡くなった娘に会いに、来日したアメリカ人男性が日本で見たもの #知り続ける
どうしてものぞくことができない棺
車内でしばらく待たされた後、一行は配布されたマスクを着けて仮設テントへと案内された。 テント前では石巻市教育委員会の職員が泥だらけの長靴姿で立ち尽くしていた。 「この度は、本当に、本当に、本当に、申し訳ございませんでした……」 90度に深く腰を折ったまま絶対に顔を上げようとしないその姿勢に、彼らが抱える絶望と、遺族からの苦情はどんなことがあっても受け付けないという意思のようなものが織り込まれていた。 警察官が遺体の番号を確認し、一行は市場の一番奥にある建物へと案内された。 「C93はこの右の一番手前の棺です」 C93……。 そう指示されたものの、アンディーには自らの目で娘の姿を確認する勇気がどうしても持てない。 しがみつくように娘の親友であるキャサリンに確認を求めた。 「先に入って、棺の中の人物が本当にテイラーかどうか、確認してきてくれないか?」 アンディーにそう告げられ、キャサリンは気がおかしくなりそうだった。 嫌よ、テイラーは私にとってもかけがえのない親友なのよ──。 そう泣き出したかったが、幼い頃から心理学者になることを夢見ていたキャサリンは、今は自分よりもまず、愛する娘を失った父親のことを優先すべきだと思い直した。 意を決したキャサリンが棺をのぞいて確認し、随行者である宮崎がそれに続いた。 全員が小さく頷いて戻ってきても、アンディーは現実を受け入れようとはしなかった。 「本当にテイラーなら、右手の小指が私のように少し曲がっているはずだ。どうか、それをもう一度確認してきてくれないか?」 父親の懇願を聞き入れ、警察官が棺の中の銀色のカバーをめくって確かめようとしたが、ドライアイスでカバーが凍結していて右手の指を確認することができなかった。 「顔だけの確認でも結構ですので……」 そう警察官に促されても、アンディーはまだ娘の無事を信じている、もう一人の自分を裏切ることができなかった。 こんな残酷なことが世の中にあるはずないじゃないか。憧れの日本の地に溶け込むようにして生きていた娘は、半年後の2011年8月にはアメリカに帰国予定だった。彼女には長く交際を続けていたボーイフレンドがいて、帰国後には彼からプロポーズを受けることになっていたんだ……。 あと一歩、いやあと半歩だけ足を前へと動かせば、あれほど会いたいと願っていた娘に会える。 でも、その半歩がどうしても、アンディーには踏み出せなかった。 ※本記事は、三浦英之『涙にも国籍はあるのでしょうか 津波で亡くなった外国人をたどって』の一部を再編集して作成したものです。
デイリー新潮編集部
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