メビウスの輪のように。波とともに「クレージュ」が示す、反復の美学
「Repetition(反復)」。この言葉は、メビウスの輪をショーの招待状に用いた「クレージュ(Courreges)」の2025年春夏コレクションのキーワードとなった。ショーが開催されたのは、前回の2024年秋冬コレクションと同じ会場。アーティスティック・ディレクターのニコラ・デ・フェリーチェ(Nicolas Di Felice)が好んで使用する白い正方形のショースペースの中央は、黒い円形にくり抜かれており、その円の片側には無数の銀色のボールが敷き詰められていた。ブランドらしいミニマルでストイックな演出は今回も継続だ。 【画像】クレージュ2025年春夏コレクションのルック
すべてのゲストが着席すると、その黒い円はゆっくりと傾き、ボールは音を立てながら斜面を滑っていく。まさに巨大なオーシャンドラムであり、瞑想的な波の音が会場全体に響き渡る。このセットは、ニコラと舞台美術ディレクターのレミー・ブリエが、フィンランド人アーティストのデュオ、Grönlund-Nisunenとコラボレーションし制作したという。 ファーストルックに採用されたのは、繭のようなシルエットの黒いレザーのケープだった。正面からはフラットなシルエットだが、横から見るとフードは大胆なカーブを描き、収縮性に長けたタイツはヒールシューズを飲み込むようにスタイリングされている。今回、「クレージュ」が1962年に発表したオートクチュールのケープにインスピレーションを得たというニコラは、そのボリュームを再考し、シームレスな構造など技術的進歩を取り入れながら、現代へと昇華した。 穏やかな波の音の静けさが、白い空間と「クレージュ」のコレクションが放つ緊張感に、心地よく調和していく。しかし、いくつかのルックが目の前を通り過ぎると、突然に、Underworldの名曲「Born Slippy(Nuxx)」のリミックスが大音量で流れ始めた。それまでの「クレージュ」を考えると、最初はややポップすぎる選曲にも思えたが、ビートレスでリピートを繰り返すよう編曲されたことで、シンセサイザーの音の粒子が波の音と溶け合いながら、スムースさとエモーション、ノスタルジーが加わり、実際はとても効果的だった。 この2025年春夏シーズンは軽やかな透ける素材が大きなトレンドの一つだが、一方で「クレージュ」が前半に立て続けに披露したのは硬い素材だ。ネオプレン・ボンディングやリジットのデニムなど、しなやかな素材でテーラーリングやドレスを作ることで、シルエットを厳格に際立たせる。 ファーストルック同様に、正面だけではなく、横や後ろから見たシルエットに発見が多く、ボリュームや織り込み、アシンメトリーやスリットなど、複雑なパターンワークを駆使したニコラの得意とする360度のデザインが、どのルックにも見られた。公式のルック写真が正面からではなく、あえて斜めから撮影されているのも、まさにその意図の表れだろう。 後半には、肌に吸い付くような柔らかな素材も登場するが、端正なカッティングワークや裾をボーンで補強することで、優雅に波を描くように曲線を強調する。総数40体のコレクションのラストルックは少しイレギュラーで、生地をふんだんに使用した流麗なフォルムには、ニコラのデザインの新たな可能性を感じさせた。 ニコラは、シーズンごとに大きくデザインの方向性を変えるデザイナーではない。前回のクチュール・ウィークで脚光を浴びた「ジャン・ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)」とのコラボレーションでも、あくまで自分らしさを貫いて成功を収めた。狭い領域でデザインを続けることは、停滞や飽きにつながる可能性があるが、ニコラのクリエイションはそれをものともしないようだ。シンプルにフォルムの追求を続ける、その反復の中で生み出されたすべてのルックに新しさを発見できる。寄せては返し反復する波の音とともに、ニコラの美学の強度がまたここに示された。