しまむらのクイーンズ駅伝3位に貢献したルーキー鈴木杏奈、「無欲」のエース区間5区2位からマラソン進出も視野に飛躍へ
実業団女子ナンバーワンを決めるクイーンズ駅伝で、しまむらが過去最高の7位から3位に躍進。特にエースぞろいの5区を区間2位で走った鈴木杏奈の走りが光った。なぜ、1年目の鈴木がビッグネームに勝利できたのか、ルーキーとチームの躍進の理由を探る(文/寺田辰朗)。
ビッグネーム2人を上回る区間2位
しまむらのクイーンズ駅伝3位躍進は予想以上の大健闘だったが、個人でも鈴木杏奈(しまむら)の5区区間2位(32分42秒)には驚かされた。区間賞は好調の細田あい(エディオン)だったが、新谷仁美(積水化学)と鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)のビッグネーム2人を上回った。 「成績を聞いてまず『信じられない、まさか私が』と思いました。学生(大阪芸術大)の頃にテレビで見てきた方たちです。その人たちにチャレンジできるすごい区間だな、と思っていましたが、まだ勝負はできないかな、という思いが心の中にありました。今回(鈴木と新谷の2人は1分以上離れていて)走った位置は違いましたが、良い経験になったと思います」 5位と1秒差の6位でタスキを受けたが、細田と一緒に走り始めたことが鈴木に幸いした。5秒前に中継所を出た資生堂・一山麻緒と、18秒前のパナソニック・石川桜子に追いつき、4人が3位集団を形成した。細田には7kmで引き離されたが、資生堂とパナソニックを引き離して4位でアンカーに中継した。 「32分50秒が目標でしたが風もあったので、そのタイムで行けるかと聞かれたら正直言えないかな、と思いつつも、細田さんが良いペースで走られていたので、そこに付かせていただきました。緊張感はありましたが、私にとって何かがかかっているわけではないので、今できることを思い切りするだけでした」 良い意味で、怖い物知らずで走った結果が区間2位だった。
鈴木の快走を引き出したしまむらのチーム力
鈴木は大阪芸術大から入社1年目。5000mのシーズンベストは、大学1年時から以下のように推移してきた。( )はその年の日本リスト順位。 20年(大1)・17分17秒68 21年(大2)・17分17秒76 22年(大3)・16分26秒78(323位) 23年(大4)・16分13秒20(243位) 24年(実1)・16分00秒40(158位) 全国大会で最上位だったのは、3年時の日本学生ハーフマラソンの4位。1時間12分09秒の自己ベストで、谷本七星(名城大2年、現4年)、増渕祐香(名城大3年、現第一生命グループ)、村松灯(立命大2年、現4年)ら、駅伝で活躍していた選手たちを抑えた。当時から距離が長い方が強かったが、しまむら入社後は5000mも、非公認ながら15分44秒29とスピードが向上している。 しまむらの太田崇監督が、鈴木の持久力とスピードについて話していた。 「学生ハーフで4位になって、トラックのタイムから言ったら持久力のある選手だと思っていました。将来的にマラソンが面白いと思っていましたが、入社して練習をしていたらスピードもある程度あると分かったんです。スピードも上げていけるな、というのが今ですね。チームで一番勢いがあったので、5区でも流れを変えられる。そのくらい調子が良かったんです」 後半の5区では順位を大きく上げることは難しい。今回の鈴木のように2人を抜いただけでも、流れを変えたことになる。鈴木がそれをできたのは、4区までの選手が好位置でタスキをつないだからだ。 「前半も全区間が機能しました」と太田監督。 1区の山ノ内みなみが区間賞と11秒差の5位でスタートして、やはり新人の山田桃愛が区間4位で3位に浮上。エース区間の3区では安藤友香が区間9位で5位に後退してしまったが、3月の名古屋ウィメンズマラソン優勝後、故障期間が長かったためだ。太田監督は「安藤もよく耐えました」と、新加入した代表経験選手に負担をかけたことを認めていた。 4区の河辺友依はインターナショナル区間で区間15位、6位に後退したが前述のようにエディオンと1秒差で鈴木につないだ。 6区の高橋優菜(※)も順大では16分を切ることができなかったが、入社2年目に15分台に入ると4年目の今年、15分36秒46まで記録を伸ばした。太田監督は前半区間への起用も考えていたが、他のメンバーも好調だったため、「安定しているし、最後もキレがある」とアンカーに配置した。高橋が期待に応えてパナソニックを抜き、05年大会の7位を更新するチーム過去最高順位の3位でフィニッシュした。 ※高橋の「高」は正式にははしごだか 今年のしまむらはチームとして、5000m平均タイムが15分50秒を切ることを目指していた。「プリンセス駅伝、クイーンズ駅伝で上に行くためには、このタイムが必要だよ」と太田監督が目標をうまく設定し、選手たちのやる気を喚起してきた。 「記録の目標はクリアしたので、あとは駅伝でその力を出すだけでした」 それを全員がやってのけた結果が、チーム最高順位だった。鈴木の区間2位が、その象徴となった。