「目標は昇格、優勝」が笑われた開幕前。町野修斗、クラブの歴史を変える大一番へ/インタビュー
ブンデスリーガ2部のホルシュタイン・キールで、今季新加入ながらリーグ戦29試合5ゴール6アシストと奮闘を続けている町野修斗。2019年にはJ3、2020年にJ2、2021年にJ1、そして2022年に日本代表としてカタール・ワールドカップ(W杯)メンバーとなった男は、ドイツの地においても急激な速度で階段を駆け上がろうとしている。 キールはブンデスリーガ2部にて、残り2試合時点で勝ち点64の首位に立っている。2位・ザンクトパウリが勝ち点63、3位・デュッセルドルフが勝ち点59 で続く。日本時間11日27:30キックオフの第33節ではデュッセルドルフとの対戦が控えており、引き分け以上なら2位以上での自動昇格が確定する。現地で“シュートマシーン”との愛称でも親しまれる町野に、この大一番に向けて話を聞いた。【取材日:5月7日/聞き手=上村迪助(GOAL編集部)】
「W杯メンバーが日本から来る」という期待
――3年前には横浜F・マリノスからの期限付き移籍でJ3・ギラヴァンツ北九州で戦っていました。その後、湘南ベルマーレを経て、2022年W杯に招集、そこから1年後にキールへの完全移籍を果たします。当時を振り返って改めて感じることは? 駆け上がれる階段をもう一気にすべて駆け上がったような感じでした。大事な時に点を取れましたし、(日本代表)招集前にも湘南で結果が残せたので、(22年7月の)E-1(EAFF E-1サッカー選手権)に繋がりました。E-1では3得点ですけど得点王になれたというのは 非常に大きかったです。 でも、その次に招集された(9月の)ドイツ遠征のアメリカ戦で、世界の壁にぶち当たりました。そこで結果が残せればよかったんですけど、壁にぶち当たって。ですが、また湘南に戻って 再び結果を残せていたことがW杯に繋がったのだと思います。 ――キャリアの中では大きな決断を繰り返してきましたが、大事にしていることはありますか? 僕のことをどれだけ必要としてくれているかをまず重要視します。あとは(自分を求めてくれた)監督が変わらないということも確認します。もちろん、チームの狙いや戦い方は移籍前にある程度把握はしますが、やはり監督やフロント、強化部のかたの熱量を大切にしてきました。 ――キール移籍後は序盤のリーグ戦4試合で2ゴール2アシスト。加入直後の感触はいかがでしたか? 「ドイツに勝ったW杯メンバーが日本から来る」というので、(自分はW杯に)出場していないにしろ、かなり期待されていました。当初はかなり言われました。ただ、最初は言葉があまり喋れなかったので、プレーで認められるように頑張らないといけないと思って戦っていました。 ――渡独直後は不安もあったかと思いますが、支えてくれた人物はいましたか? 僕が今活躍できているのは妻の食事、プライベートの心の支えがとても大きいです。また、キールに今年の冬に来た日本人アナリストの佐藤孝大さんの存在が大きいです。チームミーティングの際には、通訳としていつも横にいてくれて、細かい戦術なども理解できます。ホルシュタイン・キールというチームは、みんな本当にチーム第一で、人間的にも素晴らしい選手が揃っています。スタッフもそうですけど、チームメイトに助けてもらっています。 ――順応で困ったことは? やはり言葉の壁はありました。秋ごろに控えが多くなったり、出場時間が短くなったりした時は、コミュニケーションの壁にもあらためてぶち当たりました。結果で信頼は得られると思って努力していたのですが、その時はシュートのフィーリングもプレーのフィーリングも微妙という感じでした。 ――Jリーグとの違いは感じましたか? 守備の面で、日本だと(FWが)ボールを限定して後ろが取ってくれればという考えが基本的にあると思いますが、(キールでは)「ボールを見るな」とよく言われています。「奪いに行く守備」という点では、僕がボールを持っている時にも、守備をしている時にも(違いを)感じます。また、試合を観ていて分かると思いますが、激しいタックルは普通なので、ある程度想像していましたがやはり違うなという部分はありました。 ――最初は驚きもありましたか? 初めての練習試合がハノーファーで、僕は出ていなくて外で見ていましたが、すごい削り合いでした。もう1分に1回、乱闘が入るような練習試合を見た時に「こんなところでやらなあかんねんや」と衝撃を受けました。