社説:「年収の壁」合意 税の穴どう埋めるのか
国民の暮らしに本当に資するのか。税収の「穴」などへの懸念を置き去りに、政局を優先させた密室の合意は無責任だろう。 所得税が生じる「年収103万円の壁」を巡り、自民、公明、国民民主3党が来年から引き上げることで合意した。 少数与党となった自公が、24年度補正予算案への賛成を得るために、衆院選の公約に掲げた国民民主の要求をのんだ形だ。 「103万円の壁」は約30年も据え置かれてきた。物価上昇に応じた引き上げで、働く人の手取り増加や人手不足の緩和への期待があるのは理解できる。 合意では、「178万円を目指して、来年から引き上げる」と文書に記した。国民民主がこだわった「178万円」の目標を掲げたが、具体的な引き上げ幅は示さず、解釈にあいまいさを残した。 最大の問題は、引き上げに伴う減収分の財源確保策がないことだ。178万円へ引き上げた場合、国と地方の税収が年間約7・6兆円減るとされる。 「働き控え」の解消や消費刺激で税収増の効果があっても、人口減の中で、大きな税の穴が埋まり続けるとは思えない。 減収は、そうでなくとも厳しい自治体財政を直撃する。京都府は府民税と市町村税で850億円、滋賀県も500億円近く減るという。福祉や教育など行政サービスの削減として跳ね返りかねない。 高所得者ほど恩恵が大きい問題も手つかずのままである。政局の駆け引き材料にして、減税の利点だけをつまみ食いし幹事長間で決めた不透明さは看過できない。 さらに19~22歳の子を扶養する親が対象の「特定扶養控除」でも、国民民主の要求通り、学生アルバイトの年収制限を150万円に引き上げるという。 一方、厚生労働省は主婦パートらが厚生年金に加入する年収要件「106万円の壁」を撤廃する方針だ。老後の給付は増える半面、保険料で手取りが減る。 他にも幾つかの「壁」があり、制度の整合性が問われよう。 3党合意では国民民主が主張してきた、ガソリン税に上乗せされる暫定税率の廃止も盛り込んだ。 1リットル当たり53円80銭のガソリン税は28円70銭になるが、時期は未定とする。これは約1・5兆円の減収につながる。脱炭素化の流れにも逆行するのではないか。 このままでは将来に大きな禍根を残す。国と地方の税制全体の中で、開かれた議論を求める。