算数の天才が間違えてしまう問題を出す少女の正体とは? 児童ミステリー『やらなくてもいい宿題』などオススメの小説8本(レビュー)
さて、新人はこれくらいにして、活躍中の作家の作品にも目を向けたい。斜線堂有紀の『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』(双葉社)は、五作を収録したミステリー短篇集。高水準の作品が並んでいるが、特に凄いのが「妹の夫」と「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」だ。「妹の夫」は、SFで始まり、ミステリーとなり、コミュニケーションの問題へと移行し、ヒューマンドラマとして着地する。SFでは手垢のついたウラシマ効果など、ひとつひとつの要素に尖ったものはない。しかしそれを巧みに組み合わせ、独創的な物語にしているのだ。一方、「ゴールデン~」は設定にぶっ飛ぶ。何をどうすれば、こんな設定を思いつくのだ。唖然茫然の快作にして怪作である。この二作を読むためだけに、本書を買う価値があると断言しておく。
宮部みゆきの『気の毒ばたらき きたきた捕物帖』(PHP研究所)は、人気シリーズの第三弾だ。このシリーズ、第一弾は四作、第二弾は三作と、巻を追うごとに収録作が減っている。ということで本書は「気の毒ばたらき」「化け物屋敷」の二篇が収録されている。どちらも短めの長篇といっていい長さがあり、読みごたえは抜群。岡っ引きの見習いで、亡き親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)もしている北一と、おんぼろ湯屋の釜焚きをしている喜多次。ふたりの若者が躍動する。 「気の毒ばたらき」では、亡き親分の本業を受け継いだ夫婦との因縁に、一応の決着がつく。「化け物屋敷」では、他の作品で触れられていた事件の真相が明らかになる。シリーズのファン、作者のファンならば、見逃せない内容だ。また、人間の悪意を、さまざまな“毒”として表現しているところも、この作者らしい。
武川佑の『円かなる大地』(講談社)は、戦国時代のアイヌを題材にした渾身作だ。悪党と呼ばれるアイヌのシラウキは、曲折を経て熊に襲われた少女を助けた。少女は、「夷嶋守護」である蠣崎季廣の娘の稲姫である。このことで蠣崎の居城に招かれたシラウキだが、和人とアイヌの戦の切っかけになってしまう。また、人質になった稲姫は、アイヌの置かれた現実を知り、心を痛める。 このようなストーリーの間に、シラウキの過去が挟まる。和人の少年たちとの「和人もアイヌもどちらも偉くない国を作ろう」という希望に満ちた誓いが、いかに潰えていったのか克明に描かれているのだ。そのような過去と現在を経て、和人とアイヌの戦を終わらせようと、シラウキと稲姫は仲間と共に出羽を目指す。安東舜季を中人(仲裁人)として、夷嶋に来てもらうためだ。かくしてシラウキたちの過酷な旅が始まる。 シラウキや稲姫の願いは、和人とアイヌの対等に近い和睦協定「夷狄商舶往還法度」へと結実する。本書は、そこに至るまでの物語といっていい。しかし、その後も和人のアイヌへの差別や搾取が続いたことは、周知の事実であろう。だからこそ本書が生まれた。波乱万丈のエンターテインメント・ストーリーに込められた、作者の熱き想いを受け止めてほしい。 有沢佳映の『全校生徒ラジオ』(講談社)は、左開きで中身は横書きになっている。とある過疎地の中学校は、全校生徒が四人の女の子しかいない。中三のれなどんと橘(たっちー)、中二のなつみ、中一のモモだ。四人は夏休みに「全校生徒ラジオ」と名付けたポッドキャストを始める。物語のメインは、このポッドキャストだ。すぐに脱線する四人のワチャワチャした会話が楽しい。また、回を重ねていくにつれて、それぞれの個性や家庭環境が見えてくる。観た映画の話をしたり、ちょっと重い質問に答えたりしているうちに、四人とリスナーの世界が広がっていくのだった。 その一方で、各回の後に、「全校生徒ラジオ」の内容をテキストに起こす、不登校の中学二年の男の子のパートが挟まれる。最初に聞いたときから四人のファンになったのに、なかなか認められない自意識過剰な男の子の内面が面白い。だが、しだいに男の子の抱えている問題が露わになっていく。女子中学生四人のポッドキャストという小さな世界により、前向きになる少年少女が増えていく。なんとも気持ちのいい物語だ。 菊地秀行の『魔界都市ブルース カニバル狂団 女帝』(祥伝社)は、人気シリーズの最新刊。そして、一九八九年の『外谷さん無礼帳』以来、二冊目となる外谷良子が主役を務める作品だ。今までにも脇役で活躍する『魔界都市ブルース〈魔界〉選挙戦』のような作品があったが、まさかの主役に驚いた。 外谷さんこと外谷良子は、〈魔界都市“新宿”〉一の情報屋。超ふくよかな身体の持ち主で、言動は破天荒。そんな外谷さんが、世界中のカニバリズム(人肉食)集団から狙われる。彼女の、たっぷりのお肉が目当てらしい。かくしてシリーズでお馴染みの、秋せつら、ドクター・メフィスト、ヌーレンブルグ家の人形娘たちも巻き込んで、外谷さんの大暴れが繰り広げられる。菊地作品の最強(最凶)ヒロインの外谷さんだけあって、暴れっぷりも尋常ではない。さまざまな異能を持つ刺客を蹴散らす、彼女の行動が痛快だ。それにしても、外谷さんを主役にした作品がもう一度読めるとは……。菊地秀行ファンを続けてきてよかったと、しみじみ思ってしまうのである。 最後は、結城真一郎の児童ミステリー『やらなくてもいい宿題 謎の転校生』(主婦の友社)にしよう。小学五年生の東雲数斗は、高校レベルの問題も余裕で解ける算数の天才だ。その数斗のクラスに、転校生がやってきた。ナイトウカンナと名乗る転校生は、可愛くて大人っぽい。しかし、何を聞かれても「内緒」とはぐらかすので、クラスで浮いていた。数斗の親友の新城航平は、日本中を騒がせている大泥棒・怪盗ランマの仲間ではないかと疑っているほどだ。そんなカンナのことが気になってならない数斗は、彼女と仲良くなろうとする。ところがカンナは、数斗の得意な算数で勝負をし、「解けたら質問に答えてあげる」というのだった。 カンナの出す問題は「つるかめ算」や「旅人算」など、よく知られたものばかり。当然、数斗は簡単に答えるが、なぜか不正解になる。注意すべきは、算数の問題がストーリー仕立てになっていること。これにより問題の焦点が、算数の正解からズレているのである。ああ、それってミステリーの謎の作り方そのものではないか。小学生が読みながら算数の勉強ができる本書は、ミステリーの書き方の入門書にもなっている。ミステリー作家志望者の大人にも、読んでほしい作品なのだ。 [レビュアー]細谷正充(文芸評論家) 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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