津久井やまゆり園の事件から8年、「自分らしく生きる」知的障害者の自立生活と支える人々 #令和の人権
しかし、一人暮らしをするためのアパートが決まり、そこに転居して数カ月が経つころ、大さんに変化が見られた。 「拒否が出るようになったんです。たとえば、それまでは『お風呂にする?』と呼びかけたら言われるがままに入っていたのですが、『いいよね』と答えるようになった。『いいよね』は『~しなくてもいいよね』という意味で、大くんが拒否を表す言葉。『まあ、入らない日もありだよね』と思っていると、しばらく後に『お風呂』と訴えたりする。自分の入りたい時間があるんですね」 このように自分らしさを出せるようになると、ヘルパーとのコミュニケーションもどんどん増えていった。それとともに生活にリズムができてきた。月曜日から金曜日の日中は生活介護事業所に通い、帰宅後はいろはのヘルパーのサポートを受けながら過ごす。土日はヘルパーとともに外出する。毎日買い物に出かける近所のスーパーの店員や髪を切りに行く美容院の美容師など、ヘルパー以外の人との関わり合いも少しずつ生まれてきた。
稲田代表は「本当に順調にここまできたな、と感じています。スタート時点では、もっと大変だろうというイメージを持っていました。多動、他害・自傷行為といったトラブルが頻繁に起きるのではないか。それによってヘルパーたちも疲弊してしまうのではないか、と。でも、そんなことはなかった」と話す。
「世界に誇れる」重度訪問介護だが……
大さんが利用している重度訪問介護は、もともとは重度の肢体不自由者を対象とした制度だったが、2014年度から対象が拡大され、重度の知的障害者や精神障害者も利用可能となった。ヘルパーが自宅を訪問し、見守りを含む生活全般のサポートをする。大さんの場合のように、24時間態勢でヘルパーが見守るケースもある。
まだまだ身体障害者に比べると知的障害者の利用者は少ないが、東京家政大学の田中恵美子教授(社会福祉学)によると、2023年の知的障害者の利用者は1126人で、2014年の316人のおよそ3.5倍になっている。とはいえ、重度訪問介護のサービスを行っている事業所であっても、行動障害のある知的障害者への支援については拒否する事業所の割合も少なくないという。 田中教授は、重度訪問介護について「世界に誇れる制度だと思います。ただ、まだまだ改良の余地はあります。もっと利用も伸ばしていかないと」と指摘する。 実は、この制度が使えるようになるずっと以前から、地域で知的障害のある人たちの自立生活を支えてきた人たちもいる。