『光る君へ』のまひろも同じ運命に?「紫式部は地獄に堕ちた」という驚きの伝説を追って。式部を救ったのはミステリアスな“閻魔庁の役人”。なぜか今も隣り合わせに眠る2人の縁とは
NHK大河ドラマ『光る君へ』の舞台である平安時代の京都。そのゆかりの地をめぐるガイド本、『THE TALE OF GENJI AND KYOTO 日本語と英語で知る、めぐる紫式部の京都ガイド』(SUMIKO KAJIYAMA著、プレジデント社)の著者が、本には書ききれなかったエピソードや知られざる京都の魅力、『源氏物語』にまつわるあれこれを綴ります。 【写真】百人一首にもある、小野篁が詠んだ「わたの原……」の和歌が刻まれた歌碑 * * * * * * * ◆「源氏供養」とは何か 「嘘の物語を書いて人心を惑わせたため、紫式部は地獄に堕ちた」。そんな説話があることをご存じですか。 あまりに意外すぎて、最初に聞いたときは耳を疑いました。現代では「世界の偉人」と称えられ、平安時代においても才女の誉れ高かった紫式部が「地獄に堕ちた」とは、いったいどういうことなのでしょう。 地獄行きの理由は、ほかでもない『源氏物語』を書いたから。 当時の仏教の価値観では、物語は「狂言綺語(きょうげんきご)」。虚構に満ち、むやみに飾り立てた言葉のことで、「狂言綺語」をもてあそぶ文学は、妄語戒(真実でないことを言って、人をあざむいてはならないという戒め)を破り、仏の教えに背くことだと考えられていたのです。 「妄語」の罪をおかした紫式部は地獄に堕ち、死してなお苦悶の日々を送っている――そんな罪深き紫式部を供養しようと、「源氏供養」なる法会も行われていたとか。そこに着想を得て『源氏供養』という能楽も生まれたほど。物語を読んだ者も同罪とみなされたため、この供養は『源氏物語』の読者を救済する意味もあったそうです。 色恋の話を書きすぎたために地獄に堕ちた。そんな解釈もあるようですが、いずれにせよ、『源氏物語』を読んだだけで仏の教えに背くと考えられた時代もあったわけです。
◆『源氏物語』ににじむ紫式部の出家願望 このような「式部堕地獄説話」が登場するのは平安末期以降のこと。ですが、生前の紫式部も、人知れず、深い悩みを抱えていたのかもしれません……。なぜなら、『源氏物語』終盤の「宇治十帖」では、登場人物たちの仏教への傾倒がはっきりと描かれているからです。 作中ににじみ出る仏教へのあこがれは、「紫式部その人の心情と、解釈していいのではないだろうか」と、瀬戸内寂聴さんは述べています(『源氏物語の京都案内』「宇治十帖 浮舟の悲劇を追って」文藝春秋編、文春文庫) つまり、『源氏物語』を執筆しているあいだに仏教への関心が高まり、いちばん最後に書いた「宇治十帖」では、仏教色が濃厚になったということ。 さらに、浮舟が出家するシーンでは、剃髪後の複雑な心理が細密に描写されており、他の登場人物の出家とはリアリティが違うと、寂聴さんは指摘します。こうした点から、作者自身の出家願望がうかがえるのはもちろん、実は「宇治十帖」は紫式部が出家して得度したのちに書かれたのではないか、との推察もできるというのです。 7月半ば現在、『光る君へ』のまひろ(吉高由里子)は、まだ『源氏物語』を書き始めていませんが、後半のストーリーでは、彰子サロンでの日々や『源氏物語』の執筆が中心となるはず。 苦悩や葛藤も含めて、まひろはどのように『源氏物語』と向き合っていくのか。そのあたりの心の動きにも注目したいところです。
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