企業価値を高める障がい者の「リプレゼンテーション」とは: 「インクルーシブな表現」の実現に向けて
記事のポイント①DEIが重要性を増す中、障がい者の「リプレゼンテーション」が企業価値を高める②リプレゼンテーションとは、情報発信の際に障がい者がどう表現されているかを指す③単なる表現の問題ではなく、企業の価値観や成長戦略を示す重要な要素となった
企業におけるDEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の推進が重要性を増すなか、障がい者の「見え方」や「描かれ方」が注目を集めている。本記事では、この「リプレゼンテーション(representation)」が企業価値に与える影響について取り上げる。リプレゼンテーションとは、広告、社内報、採用情報など、企業の様々な発信において障がい者がどのように表現されているかを指す。これは単なる表現方法の問題ではなく、企業の価値観や姿勢を示す重要な要素となっている。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長・伊藤芳浩) ■リプレゼンテーションの定義と重要性 障がい者のインクルージョンを推進する国際的なビジネスイニシアチブであるThe Valuable 500(以下、V500)は、企業の経営層に働きかけることで、障がい者が公平に活躍できるビジネス環境の実現を目指している。特に重要な課題として、企業における障がい者の「見え方」に注目している。 例えば、メディアや広告では障がい者が「支援される存在」としてのみ描かれることが多く、その多様な可能性や能力が十分に表現されていない現状がある。以下の3つの観点からV500は、リプレゼンテーションの改善を提唱している。 ●広告・メディアでの表現: 偏見やステレオタイプを排除した自然な描写 ●企業からの情報発信: 障がいの有無によらない公平な表現 ●製品・サービス開発: 障がい者の視点を活かした価値創造 ■V500が示すリプレゼンテーションの指針 V500は、企業における障がい者のリプレゼンテーションについて、具体的な指針をウェブサイト上で公開している。特に重視されているのは、以下の3点だ。 ●障がいそのものではなく、個人の能力や可能性に焦点を当てた表現 ●ステレオタイプを避け、多様な障がいの実態を踏まえた現実的な描写 ●日常的な生活や仕事のシーンでの自然な描写 V500は企業に対し、これらの指針に基づき、広報活動やマーケティングコミュニケーションを見直すことを提案している。 ■企業コミュニケーションにおけるリプレゼンテーションの現状 企業における障がい者の表現方法は、近年大きく変化している。かつては「支援を受ける立場」や「法定雇用率を満たすための採用」という文脈が中心だったが、現在は「企業の成長に不可欠な人材」として紹介されるケースが増えている。 具体的な企業の取り組みを見てみよう。 米マイクロソフトは、多様な人材の公平な表現に関する具体的な指針を示している。特に注目すべきは、データに基づく現状分析と改善目標の明確な提示だ。「すべての人に力を与える」という企業理念のもと、社内外のコミュニケーションにおける表現の見直しを進めている。 米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は、従業員全体でのジェンダーリプレゼンテーションを重視し、特に管理職レベルで男女比が50%ずつという成果を上げている。一方で、リーダー層やエグゼクティブレベルでの女性リプレゼンテーション向上が今後の課題としている。具体的な数値目標の設定と実現を通じて、組織全体でのバランスの取れた人材登用を進めている。 電通グループは、従業員を対象に、具体的な啓発活動を展開している。特に注目されるのは、「Cafe DEI」と呼ばれる啓発動画の制作だ。この取り組みでは、様々なマイノリティの日常的な経験を自然な形で紹介している。 ■リプレゼンテーションの効果測定 V500の調査によると、世界人口の15%以上を占める障がい者のうち、メディアやマーケティングでの表現が「適切」だと感じている人はわずか2%にとどまる。この現状を改善するため、V500は3つの重点分野を定めている。 1.誰もが使える製品・サービス: 障がいの有無に関係なく、すべての人が利用できる設計を基本とする 2.現実に即した表現: 障がい者の実際の割合や多様性を反映した表現を行う 3.リアルなストーリー: 実体験に基づく内容を、偏見なく伝える V500は、障がい者を意思決定プロセスに積極的に参加させることで、社会的包摂と企業の経済的価値の両立を目指している。そのために、企業向けのリプレゼンテーション評価ツール「オーセンティック・リプレゼンテーション・ツール(Authentic Representation Tool、ART)」の開発や、包括的なリプレゼンテーションに関する指針の提供を行っている。 ■リプレゼンテーションが企業価値に与える影響 適切なリプレゼンテーションは、企業価値に対して3つの重要な影響を及ぼすだけでなく、インクルージョン社会の実現にも寄与する。 1.ブランド価値の向上: 企業の広報や広告で障がいのある社員や顧客を自然に描写することは、その企業が持つ包摂的(インクルーシブ)な文化を示す証となる。これは企業イメージの向上につながり、消費者からの信頼を高めるだけでなく、社会全体でインクルージョンの価値を広めるきっかけとなる。 2.人材採用の強化: 採用情報での適切な表現は、多様でインクルーシブな職場環境のアピールとなる。障がいの有無にかかわらず、より幅広い層からの応募につながり、結果として組織の創造性と生産性が向上する。多様な人材が活躍する職場は、社会におけるインクルージョンのモデルケースとなり、社会全体にポジティブな影響を与える。 3.製品・サービスの進化: 障がいのある顧客や利用者の声を製品開発に活かすことで、アクセシビリティが向上し、より多くの人が使いやすい製品・サービスが生まれる。これにより市場の拡大と新たな事業機会の創出が可能になると同時に、誰もが公平にアクセスできる社会の実現に貢献する。 ■リプレゼンテーションの改善による包摂社会の促進 当事者との対話や、メディアによる当事者の正確な描写は、包摂的な社会を築くための出発点である。これにより、当事者の視点や経験が社会に共有され、リプレゼンテーションが形成される。 リプレゼンテーションは、社会の中で見過ごされがちな障壁に気づきを与え、アクセシビリティの改善を促す。そして、アクセシビリティが確保されることで、多様な人々が対等に参加し、貢献できる環境が整備され、インクルージョンが推進されていく。 このプロセスは一方向の流れではなく、フィードバックを通じて繰り返し見直され、より深い理解と変化が生まれる仕組みである。 ■今後の展望と企業に求められる対応 デジタル技術の発展は、リプレゼンテーションに新たな課題をもたらしている。例えば、メタバース空間での多様性の表現や、AIを活用したサービスでの対話設計など、検討すべき課題は広がっている。 また、SNSの普及により、企業の発信内容は即座に社会の評価にさらされるようになった。このため企業には、より慎重で戦略的な対応が求められている。 具体的に企業に求められる取り組みは以下の2点である。 1.一貫した表現方針の確立 ●採用情報から製品広告まで、すべての発信における統一した表現 ●障がい当事者の意見を企画段階から取り入れる仕組みづくり 2.組織全体での取り組み ●表面的な表現の改善だけでなく、企業活動全体を見直す ●経営層による継続的な関与と支援 適切なリプレゼンテーションの実現は、企業の成長に直結する重要な経営課題である。これは単なる表現方法の問題ではなく、企業の価値観と成長戦略に関わる投資として捉える必要がある。