我が子を虐待してしまうのは“鬼母”なのか?刑務所のドクターが見た真実
「なんのために生きているのかわからない」
――男女にかかわらず、犯罪に流されてしまう要因は、何かあるのでしょうか。 おおたわ:どんな環境に生まれて育ってきたかは、大きく影響します。親がいなかったり、貧困家庭で育ったり、虐待されていたり、精神疾患や知的障害を持っていたり、何らかの事情がある受刑者がほとんどです。 『プリズン・ドクター』の本にも書きましたが、傷害罪で少年院に入っていたある17歳の少女は、両親の顔を知らないんですね。母親が風俗産業で働いていて父親が誰だかわからず、赤ちゃんの頃に母親も自殺してしまった。中学校はほとんど登校していなくて、周りに信用できる大人が誰もいない。彼女は「なんのために生きているのかわからない」と言っていました。 そういう環境で育つと、そもそも自分のアイデンティティや、「善悪」の感覚が育つチャンスがないわけです。誰かを喜ばせたい、認められたいから頑張る……というところから人の心は育つものですが、その「喜ばせたい誰か」がいないのです。 何のために頑張るかわからない、善の行いが何なのかもわからないとなると、生きていくために物を盗ったり、悪い人の口車に乗って犯罪の片棒を担いだりしてしまう。 善悪の判断が育ちにくい環境にたまたま生まれ落ちてしまうと、どんな人でも犯罪への道を歩む可能性はあると思います。 受刑者の中には、頭もよく話もよくわかる、暴力団の中でそこそこの地位まで行った人もいました。たまたま裏の社会でしか生きてこられなかったけれど、サラリーマンだったら普通に出世しそうな人。だから、どんなに素養のある人でも、生育環境が劣悪であれば犯罪の道に行くしかないということもあると思います。
「子どもを育てる」ことが理解できない母もいる
――女性が犯す罪のひとつに、児童虐待がありますよね。子どもを虐待した母親のニュースを見ると、その人なりの事情があったのだろうと思う一方で、やはり「許せない」「鬼母だ」と感じてしまうのですが…。 おおたわ:養父が虐待するパターンが多いのですが、養父と実母が一緒になって虐待するということもあります。自分が産んだ子なのにどうして?ということですよね。 「許せない」と感じる物差しというか、世の中の女性がみんな自分と同じ価値観を持っていると思うこと自体に、ものすごくズレがあると思います。 誰もが母としての適性があるかと言ったら、そんなことはありません。性行為をすればかなりの女性が妊娠・出産はできるけれど、母性や子供を愛する能力を持っているとは限らない。生育環境や精神遅滞によって、そもそも「産んだ子どもは育てねばならない」ということが理解できない人もいるのです。 子供がかわいそうだとかいう葛藤なしに虐待に至る人たちがいるということです。泣いてる子供よりも、目の前に美味しいものがあったから食べたいとか、デートしたいとか、遊びたいから子どもは置いていっちゃおうかな、と思う。置いていったら死んでしまうかもしれない、ということもよくわからない。 よく、警察の取調べで「放っておいたら死ぬかもしれないとは思っていた、と供述した」とニュースにはなりますが、あれも疑わしいと思います。警察は殺意があったのか知りたいので、「放っておいたら死んでしまうとは思わなかったんですか?」と聞く。すると、「そうかもしれませんね」くらいの返事になって、「わかっていて放置した」ことになってしまう。