「ぼくの車椅子を押してくれるかい?」ピート・ハミルがささやいた、意外すぎるプロポーズの言葉
「一生、君に誠実であることを誓う」
クリスマスまであと数日という金曜日、ピートから突然、電話があった。ニューヨークに戻ってきているので、翌日の土曜朝、一緒に朝食を取ろうという。締め切りの土曜日は朝から忙しく、夜遅くならないと時間が空かないと答えると、夜11時にマディソン街までクルマで会いにくるといった。 ニューヨークの街はクリスマスを控え、夜中まで熱気と興奮に包まれていた。11時にマディソン街に出て待っていたが、ダットサンは見当たらない。仕方なく14階のオフィスへ戻り、少ししてまた降りていくと、車が停まっていた。助手席のドアを開けて乗り込むと、「ああ、びっくりした」とピートは大声を上げた。例によって本に熱中していたらしい。 「元気そうだね。どうしていたかい?」 と声をかけてきたピートは何だか一回り大きくなったようで、メキシコ料理の食べ過ぎみたいな顔をしていたが、目の前に彼がいるというのが俄かに信じられなかった。本当に来年には帰ってくるのかと聞いてみると、 「そう、帰ってくるよ。帰ってきたら結婚しよう!」 まさか、そんなつもりがあったなんて……。あまりにも簡単にプロポーズの言葉を投げかけてきたが、この人は本気なのだろうか。 「一緒に住んで一緒に旅しよう。日本に6カ月住むこともあるかもしれないし、アイルランドへ行くかもしれない。大きな家を買って本をたくさん置いて……ぼくが結婚する相手は君しかいない。それにふたりの娘も薦めるんだ。エイジュリンがスイスに向かう時、フキコに絶対連絡するようにいって出かけていったんだよ」 わたしは呆然とするしかなかった。 「ぼくは本気なんだ。これから死ぬまで君のことを愛する。これから一生、君に誠実(フェイスフル)であることを誓うよ。ぼくの車椅子を押してくれるかい?」 じっと目を見つめながら、真剣な表情でいった。 この言葉を信じても良いのだろうか。彼の気持ちは本当に変わることがないのか。恐ろしいけれど、もう一度だけ、ピートを信じてみようか。 クリスマス・イヴの夜、ピートはメキシコへ帰り、わたしは仕事が休みに入った翌25日にメキシコ・シティへ発った。