レスリングW杯で金メダル一個に終わった日本女子は東京五輪で巻き返せるのか?
順位ごとに点数に換算してつけられる、国別順位で日本は今年も1位だった。世界で最強国であることに変わりは無いが、世界チャンピオンが一人に終わったため、かつてほどの圧倒的な強者とは言いづらい。 女子が五輪の正式種目となった2004年以降で、世界選手権で優勝が1階級のみだったのは記録上は2回ある。だが、それは、ロンドン五輪直後だったため、世界記録の連覇が掛かっていた吉田沙保里以外は若手中心の代表選手が派遣された2012年と、同じくリオ五輪の年だったため非五輪階級の2階級のみが実施された2016年の2度。通常の世界選手権とは意味合いが少し異なる大会のみだ。 五輪前年の世界選手権だけを振り返ると、2003年が金5、2007年は金4、2011年が金3、そして4年前の2015年は金3を獲得していた。それらに比べると東京五輪前年の2019年の成績は見劣りするものだったと認めるしかない。そして、毎回、このうち2個が、吉田と伊調の2人によるものだったことに気づかされる。つまり、今大会は伊調、吉田が不在で、五輪競技としての女子レスリングを牽引した第一世代からの世代交代とともに表彰式で「君が代」が流れ続け、「また日本か」と驚嘆されるような最強国ではいられなくなったといえる。 この世代交代が困難を伴うものになるだろうことは2004年アテネ五輪直前から予想されていたことではあった。初めての五輪を前にお祭りムードだった女子レスリング関係者のなかで、ジュニア世代の育成担当者たちからは、「次の世代が育っていない。いまの代表が引退したら、こんなに勝てなくなるのでは」という不安の声が漏れていた。
世代交代は簡単ではない。一般の会社などの組織運営でもそうだが、何かを始めるときの第一世代にはパイオニアの自負と自信と満足があり困難を乗り越えやすい。むしろ壁の存在を楽しんでしまうようなところもある。だが、次の世代では、苦労を苦労とも感じない推進力を維持することは難しい。後に続く世代が怠け者だからということではなく、何かを成し遂げたという第一世代の高揚感を、後続世代は持てないからだ。 女子レスリングに関しては、五輪正式種目となって四度の五輪を経て、他国のレベルが変化してきたという現実もある。土性は、3位決定戦に挑んだものの、ドイツ選手が徹底した土性のタックル対策の前に、技術点らしい点を奪えぬまま敗れて5位に終わった。彼女も、「世界のレベルは上がってきていると思う」と、その変化を語った。 2004年のアテネ五輪の頃は、試合映像ひとつをとっても、わざわざ撮影スタッフを派遣しなければ入手できず、対策のために視聴して分析を重ねるのにも一苦労していた。ところが、今では、映像データの入手は簡単になり、各選手の長所も短所も対策法も、その情報はすぐに共有されるような状態となっている。 また選手の経験不足も露わになり、試合中に相手の戦術の変化に対応できない場面も目立った。適応力という点でも海外の選手に差をつけられた。どの国よりも早く女子の強化に取り組み、職人的な勝利ノウハウを積み重ねてきた日本の女子の優位性は少しずつ削がれている。 ただ、「私が現役のうちには、間違いなく二度とやってこない」と川井梨紗子が言うとおり、東京で開催される五輪は、特別な意味を持つ。女子レスリング第一世代とはまた異なるモチベーションを選手たちは感じているはずだ。 女子の全試合終了後、テレビ中継解説のために現地入りしていた吉田沙保里は、金1に終わった今大会を振り返って、「このままだと、東京五輪の金メダルの数は少ないかもしれない」と言いつつも、問題が露出したのが、五輪前年でよかったと前向きにとらえている。 「決勝に三階級はすすめているけれど、もう一回、考え直して強化をしないといけないのかもしれない。取り切れるところを逃したり、逆に点を取られたり。ギリギリのところで勝てるようになるには、もっと練習をするしかない。ほぼ一年前に代表に内定して準備ができるのはそのぶん有利。リオ五輪を振り返ると、逆転勝ちを繰り返したり、粘り強いのが日本女子。負けたくないという強い思いを持つには、追い込んだ練習をするしかない」 現役時代「練習は嘘をつかない」と、海外勢からその強度に驚かれた長時間の練習を笑顔で続けた彼女らしい答えだ。 金1という結果だけをみると、東京五輪への不安が先に立つかもしれない。しかし、五輪出場枠は、全6階級のうち5階級で獲得済みだ。本番へ向けて、強化の時間をしっかりとれる利点を最大限に生かせば、金メダル量産の可能性は十分に残っている。 (文責・横森綾/フリーライター)