軍事偵察衛星打ち上げ失敗をすぐに発表した北朝鮮のしたたかな皮算用
■ 「ミサイル警戒情報共有システム」で対応 一方、今回の北朝鮮による軍事偵察衛星の打ち上げに際し、日米韓は「ミサイル警戒情報共有システム」で対応し、弾道ミサイル防衛上の大きな進展を見せた。 ミサイル警戒情報共有システムは、日本と韓国がそれぞれのレーダーで得た北朝鮮の弾道ミサイルに関する情報を、米国のシステムを介して一体化し、リアルタイムでやりとりするもの。 日韓の防衛当局は5月19日、日韓間でミサイルの探知情報を即時に共有するシステムが稼働したと発表した。 このシステムは、2014年に日米韓が結んだ情報共有の取極め(TISA)に基づいており、2022年、カンボジアにおける岸田文雄首相と米国のジョー・バイデン大統領、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の3者会談で合意した。 その後、2023年6月の日米韓防衛相会談で同年中に共有を始めることを確認し、3か国の防衛当局が準備を進めていた。そして、防衛省は2023年12月、本システムの運用を開始したと発表した。 地球の湾曲とレーダーの直進性によって、自衛隊は把握困難だった発射直後の低高度のミサイル情報を韓国軍の警戒監視レーダーによってリアルタイムで得られる一方、韓国軍も自衛隊の警戒監視レーダーによってミサイルが落下する海上正面などの情報を得られることになる。 こうして、米国のグローバルな弾道ミサイル情報と一体化した、日韓双方の監視網の死角を補完するシステムの構成により、探知・追尾能力がより強化され、迎撃態勢の精度が飛躍的に向上することが期待されるようになった。 今後、北朝鮮は核ミサイル開発を加速し、低空を変則軌道で飛ぶ新型弾や極超音速型など技術の高度化を進めるものと見られる。 日米韓には警戒監視能力をはじめとする弾道ミサイル防衛の一段の強化が求められるのは間違いない。
■ 核ミサイル開発阻止から使用阻止へ大転換を ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年次報告書「Year Book 2022」は、北朝鮮は約20発(全体としては45~55発分の核弾頭を生産するだけの核分裂性物質を貯蔵)の核弾頭を保有していると指摘している。 また、韓国、日本、そして米国にまで届く弾道ミサイルを開発・保有し、必要な核兵器の小型化・弾頭化などを既に実現しているとみられている。 さらに、2022年9月、北朝鮮は「戦争を抑止することを基本使命」とし、抑止が失敗した場合には「侵略と攻撃を撃退して戦争の決定的勝利を達成する」といった核兵器の使命や指揮統制、使用条件などについて定めた法令「核武力政策について」を採択した。 2024年4月には、「核の引き金」と呼ばれる指揮統制システムの訓練として、模擬の核弾頭を搭載した飛翔体を複数のロケット砲部隊が発射したと発表した。 この件について、国営メディアの朝鮮中央通信は、「国家核兵器総合管理システム」下での核戦力全体の指揮、管理、統制、運用システムの信頼性を評価し、核反撃に切り替えるための命令と戦闘方法を習得していることを確認したと報じた。 このように、北朝鮮の核ミサイル開発は日米韓の軍事基地や政経中枢、重要インフラなどの詳細を偵知する軍事偵察衛星の打ち上げと相俟って、戦力化の最終段階にある。 その開発進展に伴う脅威の変化を受け、在韓米軍司令官のポール・ラカメラ陸軍大将は、ソウル郊外にある山の極秘の地下壕「タンゴ(TANGO)」と呼ばれる戦時指揮統制施設で行われたインタビューで、次のような見解を示した。 (ウォール・ストリート・ジャーナル=WSJ「北朝鮮の核脅威に変化、在韓米軍トップが語る」、2024年3月12日付) 以前の取り組みでは北朝鮮の核兵器開発に歯止めをかけることに主眼が置かれていたが、現在は金正恩総書記によるこうした兵器の使用を阻止することに焦点が当てられている。 つまり、北朝鮮による核兵器の開発阻止から使用阻止への大転換の必要性を述べたものである。 この見解は、2024年の定例米韓合同軍事演習「自由の盾」から「核作戦シナリオを含めた訓練を実施する」との両軍説明に反映されている。 米韓両軍が3月に実施した同演習では、核使用の抑止に重点が置かれ、野外機動訓練の数は、昨年同時期に行われた演習の約2倍となる48回に拡大された。 国連軍参加国のうちフランス、カナダ、フィリピンなどを含む12か国が演習に参加したのも異例といえよう。 今年夏に実施される同演習では、合理的な判断ができない恐れがあると指摘される指導者の斬首作戦や「国家核兵器総合管理システム」の切断・制圧作戦、核・ミサイルの破壊作戦など、さらに核作戦シナリオを想定した訓練が強化されるものと見られる。 わが国は、米韓両国による北朝鮮の核兵器使用阻止への方針転換を支持・後押しするとともに、日米韓による弾道ミサイル防衛の協力体制を一層強化して、北朝鮮の核ミサイル脅威を抑止することに注力すべきである。 それがまた、中国への抑止力の強化に繋がるのである。
樋口 譲次