アンガールズ・田中卓志「看護師の母親が作ってくれた兄弟3人分のお弁当。冷凍食品含めてすべてが愛情だった」
お笑い芸人のアンガールズ・田中卓志さんが初エッセイ集『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』を著しました。今年で芸歴23年、今までの人生を振り返った内容は、思わず笑ってしまう話から胸を打たれる出来事まで悲喜こもごも。今回は、食べ物について綴った「最高の食事」をご紹介します。 【写真】スラッと長い脚!赤ニットを着こなす田中さん * * * * * * * ◆一人ご飯は寂しくない 食事というものは、毎日のことで何気なく過ぎて行く。けれど、毎日の積み重ねだからこそ、色んな想いが詰まっていて、時にその感情が意外な形で僕の前に飛び出してくることがある。 僕は一人暮らし歴がもう26年になり、年齢が45歳なので、一人で暮らしてきた時間のほうが長い。 ここまで来ると、一人でご飯を食べるということに全く寂しさを感じない。 よく芸人同士、仕事が終わると今日の収録の話や、他愛もない話をするために、みんなでご飯に行くことがあるけれど、それが大好きな芸人もいれば、正直それがなくてもいい芸人がいる。僕はどちらかといえば後者に近いと思う。 さっと家に帰ったら帰ったで、一人で好きなテレビを見たりゲームをしたり、そんなことをするだけで十分楽しいからだ。
◆牛丼の美味しさ ただ、自分の中でテンションが上がる食事というのはある。たとえば焼肉や寿司、それから牛丼! お笑い芸人を始めた頃、お金がなくて節約していたために、月に一度だけ贅沢として、牛丼屋さんの牛丼を食べてもいい日を作っていた。 普段は食パン半分とか、袋入りのラーメン(出前一丁やサッポロ一番みそラーメン)を半分に折って、スープの素も半分だけ使って、一袋で2食分にして食べていたりしたから、その、月一度の牛丼の日に食べる牛丼がたまらなく美味しかった。たぶんそのせいで、今も牛丼を異常に食べたくなる日があるのだと思う。 そんな生活をしていたから、188センチの身長で58キロまで体重が落ちた。 若い頃の自分の写真を見ると、頬がめちゃくちゃ凹んでいて、太ももがめちゃくちゃ細くて、脚が上から下までずっと同じ太さで、ロボット兵みたいだった。 あの頃にだけは戻りたくない。
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