「ロシアとEU」どちらを選ぶかで衝突…モルドバ国民投票に「異常あり」予想外の結果となった理由
ロシア軍の占領計画失敗を受けて
2022年2月には、ロシア軍がウクライナに侵攻し、隣国のモルドバも同じ運命に遭うのではないかという危惧が広まった。そこで、2022年3月には、ジョージアと共にEUへの加盟を申請した。 昨年2月13日、サンドゥ大統領は、ロシアによるモルドバでのクーデター計画を明らかにした。軍事訓練を受けたロシア人、ベラルーシ人、セルビア人、モンテネグロ人などが、政府機関を攻撃して人質をとり、現在の親西欧政権を打倒し、ロシアの傀儡政権を樹立しようとしているという。これは、ウクライナの情報機関が傍受した通信から判明したものという。 ロシアは、このモルドバのクーデター計画公表を、事実無根だと反論している。 2月10日には、黒海に展開するロシアの軍艦からウクライナに向けて発射されたミサイルがモルドバの領空を通過したという。 2022年2月にウクライナに侵攻したロシア軍は、首都キーウの攻略に失敗し、東南部に攻撃を集中した。マリウポリを支配下に置き、ドンバス→マリウポリ→クリミア→オデーサへと占領地域を拡大し、さらにはモルドバにまで到達しようとしたのである。しかし、その後のウクライナ軍の抵抗によって、その目論見は潰えた。 モルドバのウクライナ国境周辺には、ロシア系住民が多く住む沿ドニエストル(トランスニストリア)共和国がある。国際的には独立国として承認されていないが、ロシアの支援を受け、1500人のロシア軍が駐留している。この帯状の地域がロシアの支配下に入れば、東西、そして南からウクライナを攻撃できる。北は、ロシアの友好国ベラルーシである。 この占領計画を軍事的に実行に移すのが難しくなったため、ロシアは、経済、社会、生活のロシア化、住民投票、親西欧政権の転覆などという手を使おうとしているのであり、今回の大統領選や国民投票への介入もその一環である。
文明の衝突…岐路に立つモルドバ
親露派と親欧米派の対立は、ロシア侵攻前のウクライナでもあったし、今のモルドバでもある。 サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』(原著1996年、邦訳1998年)の中で、ソ連邦解体後の世界について、西欧、イスラム、中国など9つの文明圏を挙げたが、その1つが「東方正教会」である。 具体的には、ロシア、ギリシャ、ウクライナ、ルーマニア、セルビア、グルジア、アルメニア、カザフスタン、ベラルーシ、モルドバ、ブルガリア、北マケドニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、キプロスである。 ウクライナで問題なのは、「西ウクライナのヨーロッパ化したスラブ人」と「とくに東部に多いロシア系スラブ人」との対立である。それが政権の性格を規定し、それぞれがNATOとロシアに支援を求める構図となり、遂に戦争にまで至ったのである。 モルドバもウクライナも、安全保障という観点からは、NATOに加盟するという選択肢もありうる。しかし、ロシアは、それを許さないし、ウクライナに侵攻したのも、そのためである。 また、多くの旧ソ連東欧圏の国々がNATOのみならずEUにも参加しているが、経済的観点からしても、ロシアはそれを歓迎しない。また、東欧諸国の中にもEUよりもロシアとの経済連携を強化したほうが得だと考える人々もいる。 ジョージアでは、10月26日に議会選挙が行われるが、野党支持者が政権交代やEU加盟推進を訴えて大規模な街頭デモを行った。今政権の座にあるのは、「ジョージアの夢」という政党であり、親露派である。対露経済制裁にも参加しないし、「外国から資金を得ている団体を規制する法律」(ロシアで同様な法律が先行して成立したので、「ロシア法」と呼ばれる)を制定した。 この法律は、言論や結社の自由を基本とする「EUの価値観」にそぐわないとして、EUはジョージアの加盟交渉を停止している。ジョージアもまた、文明の衝突に悩まされている。数日後の議会選挙の結果は、ジョージアのみならず、世界の行方にも影響を与える。モルドバの国民の選択も同様である。
舛添 要一(国際政治学者)