なぜかここでしか採れない幻の小豆の産地は、節分に豆まきしない鬼伝説の村
初冬の丹後半島は少し小雨混じりの日が続いていた。高速道を降り国道178号線を走る。しばらくすると海を挟み並行して日本三景の一つ、天橋立が見えてきた。 約3.6km続く砂州には数千本の松が生い茂る。右手にその松林を眺めしばらく走ると、湾に突き出た半島沿いに木造の建物がぎっしり建ち並ぶ風景が見えてくる。映画やドラマのロケ地としても有名になった京都府伊根町の舟屋群。水際ぎりぎりに建つ家屋はまるで海上に浮かんでいるような不思議な風景だ。 京都府内といえども市内から電車で約3時間、車でも2時間はかかる場所だ。圧倒的に人気のある観光地の京都市内、大阪だけでなく、古き良き日本の原風景を求めて丹後、若狭地方といった日本海側の方にまで足を延ばす海外からの観光客が今増えているという。
伊根湾から北西に進むと山間部に田畑が広がる。漁港の趣から農村の風景に一気に切り替わる。ここ筒川地区は農業と畜産で栄えた地域で、かつて製糸工場があったところだ。府道から車一台がようやく通れる道を上っていく。しばらく走ると、山の中腹ぐらいにわずか数軒の家が建つ小さな村が見えてくる。薦池(こもいけ)という集落で、今は2世帯しか住んでいないという。 ここには不思議な伝説が残っている。むかし薦池村の庄屋さんが大江山の元伊勢にお参りにいった帰りに吹雪で遭難してしまった。気を失いそうになっていると鬼が現れ、助けてくれたという。 庄屋さんが何かお礼をと言うと、「節分に豆をまかないでくれ。約束するなら村を火から守ってやろう」と言って帰って行った。庄屋さんはその話を村人にすると「庄屋さんのいうことなら間違いないだろう」と信じ、豆まきをしないように決めたという。以来、この地域では節分に豆をまかないそうだ。
薦池の不思議な話はまだある。この村の畑では普通の倍くらい大粒で俵形の小豆が採れるという。炊いても煮崩れしにくく味も良く、「薦池大納言(こもいけだいなごん)」と言われている。大粒で品質が良いことから他の地域でも栽培を広げようとしたが、翌年には小粒に戻ってしまい同じように実らないという。 ここ薦池の地でしか採れない「幻の小豆」。その不思議な現象に、この土地独自の地形からなのか、土壌なのかいろいろ調査もされたというが、詳しくはわかっていないそうだ。鬼伝説と自然の恵みが交錯する不思議な話である。(つづく) ※この記事はTHE PAGEの写真家・倉谷清文さんの「フォト・ジャーナル<“舟屋と伝説の町” 京都府伊根町へ>倉谷清文第10回」の一部を抜粋しました。 (2017年11、12月撮影・文:倉谷清文)