「プッチンプリン出荷停止」はなぜ起きた? “ベンダーのせい”にできない根深き問題
近年、大手企業のERP導入失敗事例として注目を集めたのが「プッチンプリン問題」である。 【画像】「お客様およびお取引先様に多大なるご迷惑とご心配を……」江崎グリコが発表した“お知らせ” 2024年4月、江崎グリコは基幹システムを独SAPのERPパッケージ「SAP S/4HANA」に刷新する切り替えを実施した。ところが、この切り替えをきっかけにシステム障害が発生。乳製品、洋生菓子、果汁、清涼飲料といった「チルド食品」の受発注や出荷業務に影響が出た。その結果、看板商品であるカフェオーレやプッチンプリンなどが出荷できない事態に陥ったのだ。 多くの人は、この問題の原因をベンダーの能力不足や、企業のIT投資に対する姿勢の問題だと捉えているようだ。しかし、ERPのエキスパートである廣原亜樹氏の話を聞くと、実際はそれほど単純ではないらしい。 そもそもERPとは何なのだろうか。なぜ企業はERPを導入するのか、そしてなぜ失敗するのか。その根本原因を探るべく、ERPの第一人者である廣原亜樹氏に話を聞いた。
ERP導入失敗の背景には、根本的な問題がある
廣原氏は、国産ERPの草分けであるワークスアプリケーションズにて、大手企業向けERPパッケージの開発責任者を長年務めてきた人物だ。現在は、クラウド型ERPを提供するマネーフォワードに転身し、同社のマネーフォワード クラウドのCPO(Chief Product Officer)を務めている。ERPの開発と導入に関して、日本国内で深い知見を持つエキスパートの一人である。 「ERP導入の失敗は、プロダクトの完成度や企業のIT投資への姿勢だけが原因ではありません。もっと根本的な問題があるのです」と、廣原氏は語る。「日本企業特有の商習慣や文化が、グローバルスタンダードのERPとの間に大きな隔たりを生んでいることが、問題の本質なのです」
ERPとは何か? 情報共有で企業経営を効率化するシステム
ERPは、企業内のさまざまな部門で行われている活動を統合し、全体最適化を図ることで経営効率を高めることを目的としている。廣原氏は「会社全体が有機的に動くように活動すれば無駄がなくなり、効率化されて生産性が上がる」と、ERPの効果を述べている。 ――そもそもERPとは一体何なのでしょうか。言葉としてはよく聞きますが、いまひとつピンときません。 廣原氏: ERPとは、Enterprise Resource Planningの略で、企業全体の経営資源を有効活用するための概念のことを指します。ERP自体は概念になっていて、それを実現するためのソフトウェアがERPパッケージとかクラウドERPとか呼ばれているものです。 ――なるほど。つまり、ERPという概念を実現するためのツールが、ERPパッケージやクラウドERPということですね。ではERPというのは、どんなソフトが含まれているのですか? 廣原氏: 広い意味でERPというのは、企業の業務全般をカバーするものです。具体的には生産管理、販売管理、調達管理、債権債務管理、会計、人事などあらゆる業務を含みます。理想を言えば、1つのソフトウェアでこれら全ての業務を賄えるのがERPです。 ――1つのソフトウェアで企業の全ての業務を、というのは理想ですが、現実的には難しいのでしょうか。 廣原氏: そうなんです。現実には、グローバルレベルの大手ベンダーのERPでも、1つのソフトウェアだけで会社の全ての業務を完全にカバーすることは難しいです。ですので、コアとなる業務をメインにカバーしつつ、お客さんが必要な部分を選んで使えるような、ある程度幅広い機能を持ったERPソフトが主流になっています。 ――コアになる部分というのは会計ですか? 廣原氏: 会計は確かにコアな部分ではあるんですが、会計だけをERPと呼ぶのは語弊があります。実のところ、グローバルなERPを導入している日本企業の多くは、会計機能しか使っていないケースも多いと思います。でも、本来のERPの考え方からすると、会計だけでは不十分なんですよ。 ――となると、会計以外にも、例えば生産管理や販売管理、在庫管理なども含めて使ってこそERPと呼べるということでしょうか。 廣原氏: そういうことですね。会計ソフトというのは、ERPソフトの一部に過ぎません。ERPの本来の目的は、会計も含めた企業活動全体の効率化や可視化を実現することにあります。ただ、このあたりの捉え方は人によって異なるので「うちはSAPを入れているけどERPは入れていない」という人もいれば、「会計ソフトを入れたらERPを入れたことになる」という人もいるんですよ。