【社説】年収の壁 ひずみ全体に目を向けよ
収入が一定の額を超えると税や社会保障の負担が増える「年収の壁」を巡る議論が、与野党で活発になっている。 収入が増えても手取りが減る「働き損」を避けようと、働く時間を抑えている人は少なくない。人手不足が広がる中で、働ける人の働き控えは社会全体の損失だ。 税制や社会保障制度を広範に見直し、社会のひずみをなくす議論を与野党に求める。 きっかけは国民民主党が、所得税がかかる基準を年収103万円から178万円へ引き上げると衆院選で公約し、躍進したことだ。「手取りを増やす」という訴えは現役世代の支持を集め、改選前の4倍の28議席に増やした。 少数与党となった自民党、公明党の連立政権は国民民主との政策協議を始め「103万円の壁」の見直しが焦点となっている。 103万円はパート従業員らが所得税を計算する際に、収入から差し引ける基礎控除48万円と給与所得控除55万円の合計額だ。これを超えた額に所得税がかかる。 この額は1995年から据え置かれており、見直しに異論はない。物価上昇に苦しむ低所得者への支援は必要だ。 問題は引き上げ幅である。国民民主は95年以降の最低賃金上昇率に合わせ、控除額の73%増額を主張する。これに伴う国と地方の税収減は、合わせて年7兆6千億円と試算されている。 借金頼みの財政事情を考えれば、10%台の物価上昇率程度に抑えることも選択肢となる。単純な控除引き上げでは高所得者ほど減税額が大きくなり、工夫が必要だ。 収入が103万円を超えても本人の手取りが減ることはない。ただこの額を家族手当の支給基準にしている会社がある。子どものアルバイト収入が103万円を超えると、世帯主の扶養控除がなくなり所得税が増えてしまう。 世帯として見れば、手取りが減る「103万円の壁」は確かに存在する。こうした点も踏まえ議論してほしい。 年収の壁には社会保障に絡む「106万円の壁」や「130万円の壁」もある。会社員や公務員の配偶者に扶養されて働く人にとっては、こちらが働き控えを招く壁だ。 勤務先の従業員数によって年収が106万円以上か130万円以上になると、配偶者の扶養から外れ、健康保険や年金などの保険料を負担しなければならない。 ここを境に手取りが減るため「働き損」と受け止められがちだが、新たに厚生年金に加入する場合は将来の年金額が増える。 厚生労働省は厚生年金加入の年収要件をなくすなど、対象の拡大を検討しているようだ。老後の備えを厚くする方向は理解できる。 年収の壁に関連し、会社員や公務員家庭の専業主婦・主夫を優遇する国民年金の第3号被保険者制度の在り方も、併せて検討すべきだ。
西日本新聞