<調査報道の可能性と限界> 第1回 「権力が隠す真実」を「発表に頼らず」報道する
東京電力福島第1原発の事故をめぐる「吉田調書」報道が誤報だったとして、朝日新聞が5月20日朝刊1面の記事「所長命令に違反 原発撤退」「福島第一所員の9割」「政府事故調の『吉田調書』入手」(見出しは東京本社版)を取り消しました。この記事は、同社特別報道部が中心になった「調査報道」で、当初は見事なスクープとの評価を得ていました。その記事が取り消されたこともあって、「調査報道って何なの?」と注目が集まっています。 新聞社などメディア各社の取材力が問われる「調査報道」。それは一体どういうものか、その歴史や役割、可能性、問題点、限界などについて、過去に数々の調査報道を手がけた経験を持つベテラン記者が解説します。 ※ ※ ※
■「調査報道重視」と言うけれど
朝日新聞が調査報道を専門に担う「特別報道部」を立ち上げたのは、2006年のことです。当初は「特別報道チーム」という小さな部署でしたが、後に人員が増えて「部」に昇格。福島原発事故をめぐる「手抜き除染」問題など数々のスクープをものにしてきました。 毎日新聞も理念として「社会問題を掘り起こす独自の調査報道」が「毎日ジャーナリズム」の柱の一つ、と明示しています。組織上の位置付けや人員に違いはあるものの、大手新聞社はほとんど調査報道を担う取材チームを持っています。 もちろん、新聞・テレビといった大マスコミだけが調査報道の担い手ではありません。週刊誌などもこれまで、たくさんの調査報道を実践してきた歴史があります。最近、欧米ではネット専門の調査報道団体が生まれ、大きな影響力を持つようになりました。この潮流は遠くない将来、日本でも本格化するとの予測もあります。 いずれにしても、調査報道はメディア界の大きな柱であることは間違いなさそうです。
■どういうものが調査報道なのか?
では、調査報道とは、いったい何でしょうか? 実は、この定義が必ずしも明確ではありません。ふつうは、政界や行政などの「権力悪を暴く」的なものが調査報道と考えられがちですが、「世論調査報道」や「提言報道」も調査報道に含めるべきだ、との意見もあります。 NHKの社会部記者として東京地検などを長く担当した小俣一平・東京都市大学教授は、細かな分類はさておき、大まかに言って調査報道とはこういうものだとして、以下のように定義しています。 「発表されたものではなく、独自の調査、取材によって、その記事が公表されなければ表に出ない事実を自社の責任で報道する」もの。「一言で言えば、発表に頼らぬ自前の報道、つまり自社で調べて、自社の責任で報道する記事やニュースのことである」 朝日新聞記者で日本の調査報道の第一人者と言われた山本博氏(故人)は、著書などの中で「記者個人やチームが報道しなければ、永遠に表に出ないかもしれない事実を自らの責任で取材・報道すること。対象は権力や権威を持つ人々が隠している・隠したがる事実である」としています。