「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木② 「いっしょに煙となって消えたい」姫宮傷心の手紙
小侍従は、姫宮もまた何かにつけて後ろめたく、合わせる顔がない思いでいる様子だと語る。そのように打ちしおれて、面やつれしているだろう姫宮の姿を、目の当たりにしているような気がするので、督の君は、本当にこの身からさまよい出たたましいが姫宮の元を行き来しているのではないかと思い、ますます気持ちが乱れ、 「もう今となっては、姫宮とのことについては何も言うまい。私の一生はこうしてあっけなく過ぎてしまったが、この思いが、この先ずっと成仏の妨げになるかと思うと、つらいものだ。お産のことが気掛かりでならないから、せめて、無事に生まれたと聞いてからあの世に行きたい。私の見た夢の意味をこの胸ひとつにわかっていながら、ほかのだれにも打ち明けられないことが、ひどく心残りだ」などと、さまざまに深く思い詰めている様子である。それを見て、一方ではぞっとするほどおそろしく思うが、やはりまたかわいそうな気持ちも抑えきれず、小侍従も激しく泣くのだった。
紙燭(しそく)を持ってこさせて姫宮の返事を見てみると、筆跡も未だにひどく幼いが、きれいに書いていて、 「お気の毒なことと聞いておりますが、どうしてお見舞いできましょう。ただお察しするばかりです。お歌に『思ひのなほや残らむ』とありますが、 立ち添ひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙(けぶり)くらべに (私もいっしょに煙となって消えてしまいたい。情けない身を嘆く思い──思”ひ”の火に乱れる煙は、あなたとどちらが激しいか比べるためにも)
私も後れはとりません」とだけあるのを、督の君は、しみじみともったいなく思う。 ■死んだ後のことまで気掛かり 「いやもう、この『煙くらべに』とのお言葉だけが、私にとってこの世の思い出なのだろう。思えばはかないご縁だった」と、いよいよ激しく泣き、返事を、横になったまま筆を休め休め書き綴る。言葉もとぎれとぎれに、おかしな鳥の足跡のような字で、 「行方(ゆくへ)なき空の煙(けぶり)となりぬとも思ふあたりを立ちは離れじ