「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木② 「いっしょに煙となって消えたい」姫宮傷心の手紙
この葛城山の聖も、背丈が高くまなざしが険しくて、荒々しい大声で陀羅尼(だらに)を読むので、 「ああ、嫌だ嫌だ。この私はそれほど罪深い身なのだろうか、陀羅尼を大声で読まれるとおそろしくて、ますます死んでしまいそうな気がする」と、督の君はそっと病床をすべり出て、この小侍従と言葉を交わす。 父大臣はそうとも知らず、「お寝(やす)みになっています」と督の君が女房たちに言わせたので、そう思いこんで声をひそめてこの聖と話をする。年齢は重ねたけれど相変わらず陽気なところがあって、よく笑うこの父大臣が、こうした修験者たちと差し向かいで、督の君が病気になった時の様子や、どうということもないままぐずぐずと重くなっていったことなどを話し、
「本当に物の怪が憑いているのなら正体をあらわすよう祈禱してください」などと真剣に頼んでいるのも、じつにいたわしい。 ■あやまちを知られたからには 督の君は、「あれを聞きなさい。なんの罪ともわからないのに、占いでは女の霊だという。本当にあのお方のご執心が私に取り憑いているのなら、愛想の尽きたこの身だって、打って変わってたいせつなものに思えるだろうに。あんな大それた望みを抱いて、とんでもないあやまちをしでかして、相手のお方の浮き名まで立て、我が身の破滅も厭わないなんて例は、過去にもなかったわけではない、と気を取りなおしてみても、やっぱりなんだか気詰まりでおそろしい。あの六条の院のお心にこうしたあやまちを知られたからには、どんな顔をしてこの世に生き長らえればいいかわからない。それも、いかにも六条の院の格別のご威光ゆえなのだろう。それほどたいへんなあやまちを犯したわけでもないのに、目をお合わせした夕べから、そのままおかしくなってしまって、さまよい出ていったたましいが、もうこの体に戻ってこないのだ。もしそのたましいが院のお邸を、姫宮を求めてさまよっていたら、衣の下前の褄(つま)を結んで魂結びしてくれ」と、ひどく弱々しく、まるで抜け殻であるかのように、泣いたり笑ったりして話し続ける。