塚本晋也監督インタビュー ~戦後の闇市を生き抜く人間を描いた「ほかげ」について語る~
Q:「野火」から連なる兵士のPTSDのことと、闇市で生きる人のことが、戦争が遺した爪痕として一つになっていったんですね? ―― 復員兵のPTSDに関しては、あまり資料がないんですが、様々なエピソードを繋ぎ合わせていくと、それは間違いなくあったと確信しました。爆撃の音を何度も聞いているうちにPTSDになってしまう被害的な状況もありますが、戦場で女性や赤ん坊を殺す加害的な体験をした人が、日本に帰ってから、自分の子供を可愛がっていた時に、精神に異常をきたして暴力的になってしまうこともあるんです。そういう人にとっては、戦争はずっと終わらないんですよ。また戦後には空襲で親を亡くした浮浪児が沢山いましたが、彼らは戦争の被害者なのに、世間からまるでゴミ扱いされていた。さらに戦争で夫や子どもを失って、生活するためにパンパン(街娼)になった女性もいます。ただそういう人をそのまま登場させると、「肉体の門」など、これまで作られてきた映画の世界を踏襲したものになってしまう。それでここでは、周りは空襲で焼けたけれども一軒だけ残った居酒屋があって、そこで売春をしている女性がひっそりと生きているという設定にして、この居酒屋に今まで資料で見てきたPTSDの復員兵や浮浪児の少年がやってきて、彼らが闇の片鱗を覗かせては消えていくという構造にしてはどうかと思ったんです。
Q:森山未來さんやヒロインに趣里さんを起用して、少年役の塚尾桜雅君と復員兵の河野宏紀さんはオーディションで選んだそうですね? ―― 趣里さん(本作でキネマ旬報主演女優賞受賞)は映画やドラマを観て、凄い女優さんだと思っていました。特に「生きているだけで、愛」(18)の少し精神のたがが外れている女性の役は、もしかしたら本当にそういう人なんじゃないかと思うくらいで。でも2019年の高崎映画祭でお会いしたら、本当に普通の人だったんですよ。この方は憑依型の俳優さんだなと感じて、どんな役にも憑依していただけるのではないかと思ってお願いしました。現場では完全に役と一体化していて、まったく隙のない感じがしましたね。ラストの方で、彼女が少年に自分の想いを言うセリフがあるんですが、ここは脚本を書いたときから大事なセリフだと思っていたんですけれど、趣里さんが言葉で発したときに、自分が思っていた以上に表現を膨らませてくれて、撮っていて『よくぞやってくれました』と感動を受けましたね。 森山さんには、かなり無理を言いました。昔構想していた闇市の映画の喧騒を、ここではほとんど闇市自体は出てこないので、一人でその喧騒を感じさせるように演じてくださいとお願いしたんです。だから役はテキヤですけれど、やくざや愚連隊など闇市にうごめく人々の資料を全部お渡ししたんです。最初、森山さんからは『この人は、文学青年ですかね』とか質問がありましたが、その資料を渡して、『これを全部やるんですね』とわかってからは、何の質問も来なくなりました(笑)。 復員兵役のオーディションには、ものすごい数の応募がありました。その中から様相が復員兵の雰囲気を携えていること、シンプルな佇まいを持っていることを基準に選ばせていただきました。また河野さんは、お芝居に臨む姿勢が真摯と言いますか、まっすぐストレートな感じがあって、このまっすぐな感じの人がPTSDを抱えて無茶苦茶になっていく感じを、是非撮りたいと思ったんです。 塚尾君(本作でキネマ旬報新人男優賞受賞)はオーディションの時、小学1年生でした。でも最初からしっかりしていましたね。現場に入っても表現の仕方を三つくらい例に挙げて、『どれでやりますか?』と明確な質問をしてくるんです。僕は『それじゃあ、1の表現の仕方で、2の要素もちょっと入れてください』とお願いしていました。シリアスに映画の設定が分かっていたかどうかは分かりませんが、場の空気を読む天性の資質を持っていました。それでいて、『カット』がかかると踊って遊んでいる面白い子でした(笑)。