活動写真弁士・澤登翠 : セリフと情景描写で音のない映画に命を吹き込む
デジタルの時代にも輝き続ける無声映画
澤登はデビューから半世紀を過ぎた今も、マツダ映画社に籍を置き、東京の劇場や全国の映画祭で毎月のように公演している。 しかし、スマホさえあればYouTubeやTikTokなど刺激的な動画をいくらでも見ることができるし、アマゾンプライムに加入すれば、映画やシリーズドラマも見放題の時代。これ以上、モノクロの無声映画と活弁が生き延びる余地などないと考える人も多いだろう。澤登翠は最後の活動弁士になるのか…!? そんなことは、まったくない。澤登の一番弟子の片岡一郎、同世代の坂本頼光を筆頭に、30代、40代の弁士たちが、独自のスタイルを模索しながら全国で公演活動をしているのだ。澤登は、24歳の大学を卒業したての若い弟子がいることを、うれしそうに話してくれた。 奇しくも、2019年には『Shall we dance?』『シコふんじゃった』などの作品で知られる周防正行監督の『カツベン!』が公開された。無声映画時代の、熱気あふれる映画館の様子や、活動弁士たちが芸を磨きしのぎを削る人間模様が生き生きと描かれた。 「無声映画は何世代も前のモラルや家族関係をフィーチャーしているので、古臭く感じる人もいるかもしれない。でも、そこには、現在の日常にあるものと全く違った魅力を発見できるはず」と澤登は力を込める。 劇場に足を運ばずとも手軽に映画を楽しめる。周囲の反応を気にせず、自分だけの世界に閉じこもれる。定額料金で何度でも繰り返し再生できるデジタル時代ならではの良さもある。しかし、その対極にある、演者と観客とがシンクロすることで生まれる熱気や、一期一会のライブ感に私たちの心は沸き立つのだ。だからこそ、今も、澤登の公演は満席になる。 「日本が大切に継承してきた語り芸の延長にある、活弁付映画の伝統を現代の弁士たちが新しい形で継承していってほしい」―澤登は後継者たちを暖かい目で見守る。 取材・文=ダニエル・ルビオ、小林凪
【Profile】
澤登 翠 SAWATO Midori 東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。松田春翠に師事し、1973年に活動弁士としてデビュー。88年のアヴィニョン演劇祭での「活弁」公演をきっかけに世界中の演劇祭に招待されるようになる。90年日本映画ペンクラブ賞受賞。2002年文化庁芸術祭優秀賞受賞。2010年、日本オーディオ協会から「音の匠」として顕彰される。著書に『活動弁士 世界を駆ける』(東京新聞出版局)。