米国は「戦争」「核ICBM」回避したけど……北の脅威が消えない日本
アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が初めて顔合わせした「米朝首脳会談」をめぐっては、「CVIDへの具体的言及がない」「政治ショーだ」など否定的な見方もあれば、「非核化へのスタートになる」など肯定的な見方もあり、意見が分かれています。アメリカ、韓国、日本それぞれの国にとって安全保障の観点から見ると、今回の会談はどのような評価になるのでしょうか。軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏に寄稿してもらいました。 【写真】完全な非核化へ具体策なし「世紀の会談」は失敗だったのか?
交渉長引けば北が水面下で核技術開発も
6月12日の米朝首脳会談で両国が署名した共同声明をみると、大雑把な「朝鮮半島の非核化」と「米国による北朝鮮の体制の安全の保証」が謳われたものの、具体的な措置は盛り込まれませんでした。要するに「先送り」です。 ただし、両国が勝ち取った利益もあります。米朝戦争のとりあえずの回避です。今後も対話・交渉を続けていくことになりましたが、それが進んでいる間は、戦争にはなりません。何より安堵したのは、戦力に劣る北朝鮮ですが、戦争になれば多大なコストとリスクを引き受けることになる米国にとっても、それで国益が棄損されないなら、戦争回避は大きな利益です。
また、今回の首脳会談では、米国側が求めるCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)が合意されず、北朝鮮がまだまだ核の放棄を受け入れてはいないことが浮き彫りになりましたが、核放棄を含めた「軍縮」はまだ先の話としても、少なくとも北朝鮮側が現状より積極的に核戦力増強に向かう動きは抑制される流れになったといえます これにより、米国がもっとも警戒していた「核ICBM(大陸間弾道ミサイル)」の完成と実戦配備が凍結されることになりそうです。 北朝鮮は昨年、グアムを射程に収める中距離弾道ミサイル「火星12」の発射実験を繰り返して戦力化を宣言していますが、アラスカ、ハワイ、さらに米本土の一部まで射程に収める「火星14」、さらには米本土全域を射程に収める「火星15」の発射実験も成功させました。とくに火星15は射程1万3000キロを達成しており、完全にICBM級といえます。北朝鮮はこれをもって「米国をいつでも攻撃できる核戦力が完成した」と公式に宣言しています。 しかし、それが実際に戦力化されるまでは、おそらくまだステップが残っています。一つは、昨年の発射実験では軽い通信・観測機器を搭載した弾頭を飛ばしたと推測されますが、実戦仕様の重い核弾頭を飛ばした場合の射程が不明なことです。当然、昨年の実験時よりは射程が落ちますが、核弾頭でも同様の射程を実現するために、北朝鮮はできればミサイルの推力をさらに上げるか、核弾頭をより小型化したいはずです。 また、ICBM級の速度での大気圏再突入時に発生する、高温の空力加熱に耐える断熱技術も、まだ検証されていません。それが完成し、さらに言えば、ミサイルを運搬する自走発射機をある程度多数製造できて、初めて実戦的な配備が可能になります。 こうしたさらに必要な技術開発のうち、少なくとも北朝鮮はさらなる核とミサイルの実験は凍結するとしています。技術開発自体は水面下で続けるかもしれませんが、この対話が続いている間は、実証のための新規の試験は行われません。 米国側はもちろん、それに留まらず北朝鮮の完全な核放棄を要求していますが、それが具体化しないとしても、対話している間は、米本土を脅威に晒す核ICBMの実戦配備は抑制されます。これは米国独自の安全保障としては、大きな利益になります。