今国会成立は断念でも……検察庁法改正案の問題点とは 坂東太郎のよく分かる時事用語
●過去の法解釈を閣議決定で突然変更
さて、一般法たる国家公務員法が、問題となった定年延長規定などを盛り込んで国会で改正されたのは1981(昭和56)年。当時の議事録(衆議院内閣委員会)で人事院事務総局任用局長は「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。(中略)今回の定年制は適用されないことになっております」と答弁しており、それを踏まえて成立しました。現在の人事院給与局長も2月12日の衆議院予算委員会で「現在まで同じ解釈を続けている」と認めています。 すると、安倍首相は13日の衆議院本会議で検察官の定年延長を「国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」と法解釈の変更があったがゆえと述べたのです。 こうなると国家公務員法を所管する人事院と首相とのつじつまが合いません……と思っていたら、19日に同じ人事院の局長が「つい言い間違えた」と発言を修正し、「現在」を1月22日だと変更します。これで閣議決定前(31日)に人事院も「知っていた」という時系列になりました。 だとすれば当然、法務省と人事院が協議して同意した事実があるはずです。人事院側は検察庁法を首相答弁のように解釈する余地もあるとして「特に異論を申し上げない」と記された文書を国会に提出。しかし日付がありません。それでも森法務相は「必要な決裁は取っている」と説明しました。 ところが21日、法務省が国会に「正式な決裁はしていない。口頭で決裁した」と報告。日付を証拠づける文書はないと認めたので、「あまりに不自然」という批判がなされたのです。それでも森法務相は「口頭でも正式な決裁だ」と強弁しました。
●立法で「後付け」正当化する是非は?
政府は3月、国家公務員の定年を段階的に65歳へ引き上げる国家公務員法改正案などを検察庁法改正案と一本化した「束ね法案」として国会へ提出しました。複数の法案を一括審議する形になるので、本来検察庁法を扱うべき法務委員会ではなく、国家公務員法を所管する内閣委員会に付託されたのです。 「束ね法案」自体は別段珍しくはないものの、今回の焦点がもっぱら検察庁法改正案なので、所管する法務相が出席しなくてもいい内閣委員会で審議するための便法とも批判されました。現に答弁に立った武田良太国家公務員制度担当相は「本来は法務省がお答えすべきところだが……」と繰り返すなど答弁に四苦八苦。挙げ句、不信任決議案を出されてしまいました。 さて、問題の検察庁法改正案。実に難解なので思い切り内容を絞って紹介します。 (1)検察官の定年を65歳に引き上げる(現行は検事総長のみ65歳) (2)検事長は63歳を超えたらヒラの検察官になる(現行は63歳定年) ここまではいいとして、問題は次の2点。 (3)63歳を超えた次長検事と検事長も「職務の遂行上の特別の事情を勘案して」「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる」と「内閣が定める事由があると認めるときは」最大3年間定年を延長できる (4)検事総長は国家公務員法の定年延長規定などを適用できる。最大3年(68歳まで)。ただし同法の「人事院の承認」の箇所は「内閣の定めるところにより」とする つまり、「内閣が定めるところ」によって役職定年の延長が可能になる部分が、内閣による恣意的な検察人事への介入につながりかねない、と懸念されているのです。 一方で、検察庁法改正案への反対意見は主に以下のようなものでした。 (A)黒川氏の定年延長という無理筋を「後付け」で合法化するものだ (B)こうした「不要不急」の法改正を新型コロナウイルス禍に国民が苦しんでいる状況下で行う必然性がないどころか“火事場泥棒”的ですらある これらと少々異なるのが「検察とは」といった法律論。時の内閣に都合のいい人物が検察最高幹部に選ばれる余地をつくる仕組みでは、検察の独立性を損ない、検察の持つ汚職など政治犯罪への追及力も鈍る。三権分立の危機だといった理由です。 うち「後付け」論に関しては、そうであったとしても、それができるのが内閣だという反論も可能でしょう。日本で圧倒的に多いのが内閣提出法案(閣法)。法律の新設や改廃のアイデアを最も強力に打ち出せます。 閣議決定(=内閣の決定)という行政府のみの判断で定年を延長させるより、国会(立法府)に是非を委ねた今回の方がまともという見方も可能。不要不急で火事場泥棒で三権分立の危機という事態が本当ならば、まさに「三権」の一翼で国権の最高機関たる国会が否決または廃案にしてしまえばいい。国会議員の職責に与党も野党もありません。問われているのは内閣というより、立法府のあり様です。 古くなったり時代に合わなくなった法律を改正する行為自体は国会にしかできず、望まれる権能ですらあります。 その意味では、委員会採決を見てみたかった気もするのです。評判が最悪な行政府による法案を立法府(特に与党議員)がどう判断するのかを。言い換えると、さほどに採決における与党議員の負担は大きく、まさに「踏み絵」の体です。