強くて実は脆いアメリカ大統領 「弾劾」に必要なプロセスとは?
昨秋のアメリカ大統領選でトランプ陣営がロシアによるサイバー攻撃に関与したのでは、との疑惑が持たれている「ロシアゲート」問題。トランプ大統領が先月、連邦捜査局(FBI)のコミー長官を解任したことで、ニクソン大統領が辞任に追い込まれたウォーターゲート事件と重ね合わせる見方が数多く出ています。トランプ氏弾劾をめぐる報道もありますが、アメリカの政治制度の中で、大統領の弾劾は決して簡単ではありません。強大であるかのように見られがちな大統領の立場や権限をはじめ、米大統領制に関するある種の“誤解”と合わせて、アメリカ政治に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に解説してもらいました。 【写真】“学級崩壊”状態のトランプ政権 「ロシアゲート」で疑惑報道相次ぐ
1人で“何でも決められない”大統領
FBI長官を解任されたジェームズ・コミー氏の議会証言が6月8日に開かれ、「大統領が嘘をついた!」というコミ―氏の発言がアメリカだけでなく、日本でも大々的に報じられた。いわゆる「ロシアゲート」については、現時点ではロバート・モラー特別検察官の捜査が始まったばかりであり、コミー氏の議会証言でどれだけ問題の解明が進むかはまだ不透明だ。ところで、そもそも議会がなぜ大統領を弾劾にかけることができるのだろうか。この点を含めて、大統領弾劾までの道筋を確認しておきたい。
そもそも議会がなぜ大統領を弾劾にかけることができるのだろうか。それは、アメリカの大統領は、「強くて脆い」存在であるということに大きく由来する。大統領は外交や安全保障では非常に強い存在である「国家元首(ヘッド・オブ・ステート)」であり、「主席外交官(チーフ・ディプロマット)」として外交の最高責任者であるほか、「三軍の司令官(コマンダー・イン・チーフ)」として、軍事上の最高者も兼ねている。 一方で、アメリカでは国内政治では、大統領よりもむしろ、より人々に近い関係にある連邦議会の方に権限がある。なぜ、大統領の権限が限定されているのだろうか。簡単にいえば“王様”を作らないという建国以来の強い理想があるためである。君主国であるイギリスの植民地から流して独立したのがアメリカであり、欧州各国の“王様”のような絶対権力者を徹底的に排除するのがアメリカの政治システムの核心にある。「大統領は一人で何でも決められる」といったイメージは明らかに間違いである。 アメリカでは「三権分立」が、日本などの議院内閣制の国に比べて極めて明確である。大統領を“王様”にしないための工夫である。 具体的いえば、大統領の憲法上の主な役割は、行政府の長であり、「執行長官」である。議会という他の人が作ったルール(法律)を自分なりに政策に落としていく責任者が大統領であり、簡単に言えば「執行を担当するリーダー」に過ぎない。 上述のように諸外国との関係の中では、臨機応援に対応する役割が必要であり、その権限が大統領に与えられているものの、それはあくまでも与えられたルールの中での政策運営の一環であると考えればいいのかもしれない。 大統領の脆さは、なんといっても大統領が望むルールが成立しにくい構造があることが大きい。アメリカでは大統領自身が法案そのものを提出することはできず、法案提出も審議も議会の役割である。日本では行政権がある内閣が提出する(実際は官僚が作成するが)「閣法」が立法化される法案の9割を占めている。 大統領は毎年1月に行う一般教書演説の形で、法案を議会に「提案」することはできるが、実際の審議は議会の手に任せられており、立法化の過程で大統領の本来の意図とは大きく異なる法案になってしまう。特に例年の「予算教書」などはまさに絵に描いた餅である。「教書」には政権が進めたい方向性とその予算が挙げられているものの、その方向性に沿ったものもないわけではないが、議会でズタズタにされるのが常だ。今年のトランプ政権の予算教書は国防費の増額の代わりに環境対策、海外支援などが大幅に減らしているが、現状では議会側の反対が根強く、教書通りには全く進みそうにない。 近年は政治的分極化が進み、「大統領の政党(与党)」対「対立党」といった議院内閣制と似たようなプリズムで議員も動くことが多いものの、そもそも政党内の法案拘束もないに等しい。指導部からの圧力はあっても無視することも一般的だ。法案は大統領が署名しないと成立しないが、かつては自分の政党の議員たちが対立党と組んで、大統領の拒否権を覆すことも少なくなかった。