東京五輪マラソン朝6時スタートは日本勢にどんな影響を与えるのか?
マラソンは日本にとって、メダル獲得が期待される種目だが、暑さを味方につけることができるのか。 「当たり前ですけど、日本人は日本の気候に慣れています。反対に海外勢は蒸し暑さに慣れていない選手が多い。いつもと違う苦しさを感じると思うので、日本勢に有利に働く可能性はありますね。ただ、気象条件次第でメダルが見えてくるという準備をするのではなく、真っ向勝負でメダルを狙うつもりで準備していきたい。当日の天候はどうなるかわかりませんし、気象条件に関しては、あまり意識していません。とにかく自分の力を高めて、それを本番で発揮することを考えています」 1991年に東京で行われた世界陸上も暑かった。9月1日の男子マラソンは午前6時にスタートしたが、気温26度、湿度73%という暑さのため、スローペースになった。最後は谷口浩美がスパートして金メダルに輝いている。ゴール時には気温が30度を超えており、参加60人中24人が途中棄権する過酷なレースになった。これは日本勢にとって暑さが有利に働いた例だろう。 これまでの日本勢はウエア、シューズ、給水などで、「暑さ対策」というアドバンテージを得てきたが、近年は各メーカーが最先端のギアやドリンクをトップ選手に提供しており、日本だけが特別という状況ではない。 2015年の北京世界陸上は、男子マラソンのスタート時が、気温22度、湿度73%という想定内の暑さだったにも関わらず、日本勢は中間点を前に後退。藤原正和が2時間21分06秒の21位、前田和浩は2時間32分49秒の40位に沈んでいる。このときは、スタートの10分前に手のひらを冷やすことで体温の上昇を緩やかにして、レース中に水をかぶれば身体を冷やす効果が高くなるという「コアコントロール」を試しているが、結果的には不発に終わった。 日本陸連はマラソンのナショナル合宿などで選手たちの汗を採取して、データ解析などを行っているが、具体的な「暑さ対策」については「検討中」という段階だ。 瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、「人間の身体は不思議なもので、夏のレースは20度でも涼しく感じるけど、冬のレースの20度は暑いんだよね。つまり、真夏の33度が涼しく感じるような身体になっていればいい」という話をしているが、本番までに画期的な対策ができるかどうかは微妙なところだろう。 前回のリオ五輪金メダリストで、2時間1分39秒の世界記録を持つエリウド・キプチョゲ(ケニア)は、「普通に練習する予定です。みんな同じ状況でやるわけですから、大丈夫でしょう。どちらかというと暑さは好きですけど、天気が悪くてもレースはあるので、どんな天候でもやるしかありません」と特に東京五輪に向けた「暑さ対策」は考えていないようだ。 前出の某選手も「個人差があるので、決定的な暑さ対策は難しいんじゃないでしょうか。日本陸連から素晴らしい対策案を出していただければ、有難いですけど、特になくても問題ありません。自分たちで対策を立てた方が確実ですから。プラスαになればいいという心構えでいます。結局は暑さに対する慣れとメンタルの問題だと思うので、マイナス思考になるのが良くない。終盤、いかに我慢できるのか。自分で選択して対策していくしかないと思っています」と話している。 スタート時間を1時間早めることが、選手の健康面を担保して、レースの潤滑運営に大きな影響を与えるとは思えない。まして日本勢へのアドバンテージもそれほど期待できない。それならば、スタッフやボランティアの「移動手段の確保」を優先させた方が運営面でのリスクが少なくなる。それに朝6時開始ではファンが沿道に出かけるのも簡単ではない。日本勢の「メダル獲得」には、地元の大声援がパワーになるはず。マラソンは沿道からも応援できるため、多くの人々が東京五輪を体感できる種目だ。スタート時間を早めるという安易な暑さ対策ではなく、トータル的に考えて、東京五輪が盛り上がる仕組みを提案していくべきではないだろうか。 (文責・酒井政人/スポーツライター)