「オンナ寅さん北京をゆく!? 新境地の魅力」綿矢りさ×藤井省三『パッキパキ北京』対談
中国の酒と食を堪能する
藤井 『パッキパキ北京』はグルメの描き方もいいですね。庶民の食べるB級グルメから、私も食べたことのない珍しいご馳走までたくさん出てきます。あれらは綿矢さんが北京にいらした頃に実際に味わったものなんですか? 綿矢 そうですね。私が実際に食べたものも多いです。北京ダックを出してくれるお店に行ったら、鴨の部位が全部調理されて出てきたので、脳や首の部分とか含めて全部食べました。できるだけ臓物系には挑戦したのですが、それでも食べられないものはありました。カエルとか羊の眼とか。 藤井 私も大体は食べてきましたが、羊の眼というのは聞いたことがないですね。 綿矢 もしかしたら私が漢字を読み間違えたのかもしれませんが、羊の鍋を提供しているレストランに入ったときに、いろんな羊の部位がメニューであったんです。そこに羊の眼に関する料理があったような気がします。先生のお好きな中華料理はなんですか? 藤井 どれも好きなのですが、北京の料理は蒸留酒の白酒(パイチウ)に合うじゃないですか。あれを飲みながら食べるのはいいですね。 綿矢 白酒と言えば、先生のご著書に『魯迅と紹興酒 お酒で読み解く現代中国文化史』というユニークで面白い中国文化論がありますよね。中国の白酒文化を紹介するなかで二鍋頭(アルクオトワ)という北京のお酒について書かれていました。実は今年の三月に北京で講演させてもらったときに、司会の方が「北京のお土産は何がいいと思いますか、北京のみなさん?」って訊いてくれたんですが、挙手された方がこのお酒の名前を挙げたんですね。その途端に会場が笑いの渦に包まれて。私は二鍋頭のことが全然わからないから、何が面白いんだろうってわからなかったんですけれど、北京の人にとってあのお酒はどういうものなんでしょうか? 藤井 中国の白酒で一番有名なのは茅台(マオタイ)酒です。一九七二年に日中が国交回復した際に田中角栄と周恩来の両首相が乾杯したお酒としても知られています。茅台酒はサントリーのウイスキーで言えば、山崎級で非常に上等なものだと考えてください。一方、二鍋頭はサントリーレッドほどのクラス。安くて庶民向けのお酒です。度数は昔は六十五度だったんですが、強すぎるし穀類の無駄遣いだと言われたりして現在は五十六度で出荷されています。 綿矢 じゃあ安くて強いお酒を勧められたから、みんな笑ったのかな。ちなみに先生のご本では茅台酒も詳しく紹介されていたので、私もネット通販で買ってみたんです。でも「茅台」で検索するとたくさん出てきて、とりあえず茅台王子酒というのを買って飲みました。普通においしかったけど、最高級はもっと味が良いのかなぁとも思いました。あんなに種類があるものなんですね。 藤井 いえ、茅台酒は商標登録もされていて一種類しかありません。ただ茅台鎮という産地の村にある会社が「茅台〇〇酒」「〇〇茅台酒」と名のつく酒を他にもたくさん作っていたりはします。純正の茅台酒はとても高級なお酒なんでして、ひと瓶五〇〇ccで三万から四万円します。私も最後に自分で買ったのは一九八〇年で、それ以降はほかのお安くてそこそこ美味しい白酒を買っています。北京の二鍋頭もお気に入りの一つです。茅台酒には偽酒も多いので気をつけないといけません。私の酒飲み仲間の中国人教授が茅台酒を下さったことがありますが、彼曰(いわ)く「これは国営茅台酒工場の副工場長をしている友人から譲ってもらったものなので本物だ」と。工場関係者直売でないと危ない、と慎重に考える人もいるわけです。 綿矢 高い上に偽物まであるなら、素人がネット通販で買うのは危険そうですね。 藤井 容器は円筒型の瀬戸物で蓋が簡単に外せない仕組みになっているんですが、偽酒の業者は細いドリルで容器の側面に穴を開けて注射器で偽酒を注入する、という噂を聞いたこともあります。 綿矢 ひぇー、じゃあ絶対に気づけないですね。 藤井 ええ、だからあまり無理して買わない方が良いかもしれません。工場関係者のお友達を作って回してもらえるのを待ちましょう(笑)。 綿矢 そうですね。私もつてで由緒正しい茅台酒が回ってきたときに飲むようにします(笑)。