「竹下登が顔面蒼白...」週刊文春元編集長が目撃した、日本政界で行われる生々しい「権力争い」の実態
権力の監視はメディアの使命なので「御用記者」に成り下がってはいけない。しかし、政治家にただ厳しい言葉を重ねても、それは真の「批判の剣」ではない。そんなジレンマを抱えながら、安倍晋三、菅義偉、梶山静六、細川護熙をはじめとする大物政治家たちから直接「政治」を学び、彼らの本質と向き合った「文春」の元編集長がいた。 漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 数々のスクープをものにした著者がキャリアを赤裸々に語りつくした『文藝春秋と政権構想』(鈴木洋嗣著)より抜粋して、政権幹部と語り合った「密室」の内側をお届けしよう。 「文藝春秋と政権構想」連載第2回 『「トヨタとGMの経営統合」その立役者は実は「記者」!? 「週刊文春」元編集長も驚愕した“スクープのつくり方”』より続く
「創政会」誕生当日
雑誌で政治に関わる取材を始めて今年で40年となる。 新米社員だったわたしの“政治記者”デビュー戦は、苦い思い出だ。 「あれがハシリューだよ」 1985年2月7日午前7時、平河町の砂防会館別館前。寒さに震えながら木綿のトレンチコートの襟を立てて張り込んでいた。玄関には記者たちが群がっている。この日は、親分である田中角栄から袂(たもと)をわかって、竹下登を担ぎ上げる「創政会」の旗揚げの日だった。 当初、角栄直系だった小沢一郎、梶山静六らで内密に進められてきた分派活動も大詰めを迎えていた。ここ数日、角栄側の猛烈な切り崩し工作に遭い、竹下を担ごうとする80人ともいわれた議員の数は大幅に削られていった。
顔面蒼白
自民党の田中派支配がどう変わるのか。新聞、テレビ、雑誌とあらゆるメディアが総動員して、この派閥の激突取材に当たっていた。田中角栄に反旗を翻すというのは、文字通り命懸け。政治生命をかけた闘いになる。いったい何人の政治家が集まるのか。 そんな緊迫の場面で、横にいるベテランカメラマンの堀田喬に「あのポマードで頭を固めた人は誰ですか」とのんきに尋ねたところ、そんなことも知らないのかという目をしながら、「ハシリュー(橋本龍太郎・後首相)だよ」とぶっきらぼうに教えてくれた。そのあと黒塗りから颯爽と降り立ったのは中村喜四郎(後の建設相)だった。なんだかヤクザの親分みたいなひとだなと思った(映画『ブラック・レイン』の松田優作を思い浮かべていただきたい)。 「一人、二人」と数えていたが、数十人の政治記者たちに揉みくちゃにされているうちに混乱してよくわからなくなった。 ただ、最後に竹下登がクルマを降りてくるところは、運良く絶好の位置にいた。顔面蒼白とは、こういう人のことを言うのだな、あの表情はいまも忘れられない。 結局、田中派121人のうち、竹下についたのは40人だった。 『「文春」の元編集長が40年のキャリアを振り返って選んだ「強烈に記憶に残る」仕事4選』へ続く
鈴木 洋嗣