なぜ千葉ロッテ・福浦和也の引退試合で「野球の神が舞い降りた」美技が生まれ勝利できたのか?
プロ26年間の一番の思い出を聞かれ、「2005年の優勝です」と言った。 ロッテは2005年にまだクライマックスシリーズではなく、パ・リーグだけが導入していたプレーオフをシーズン2位から西武、ソフトバンクと制して優勝した。この年は、日本シリーズで阪神を下して日本一になった。 「18連敗とか辛い思い出も多かったが、あの瞬間だけは忘れられない」 福浦は、1998年の6月13日のオリックス戦から7月8日のオリックス戦まで続いたプロ野球ワースト記録となる18連敗時不動の3番打者だった。千葉ロッテの天国と地獄を知るレジェンドゆえの回顧である。 2000本安打をマークした昨秋の記者会見では、「あなたにとってヒットとは何か」と問われ「引退するまでに考えておきます」と宿題にしていた。 この日、その答えを質問された福浦は、「なんですかねえ。一生死ぬまで考えます。いつか答えられるようになったら答えます」と切り返した。 打撃兼任コーチとなって2年目の今年は、春季キャンプで、連日のように打撃投手を引き受け、肩をアイシングする福浦の姿があった。ヒットとは何か? バッティングとは何か?は、今後、指導者として若い選手と共に追求していく永遠の命題なのかもしれない。 「若い選手が力をつけて、どんどん強くなってリーグ優勝をしてもらいたい」 それが次なる夢だ。 引退セレモニーの最後に2人の息子と場内を一周した。外野に差し掛かったところで、猛烈な紙吹雪が舞い、ライトスタンドを前にすると、この日、何度目か、わからない、福浦のテーマ曲をロッテファンが歌い始めた。 「オレ達の福浦……不屈の闘志を見せてくれ……千葉の誇り胸に」 2011年から始まった12球団で最も誇らしい応援歌。 一度、福浦に「12球団を見渡しても、“オレ達の福浦”なんて歌ってもらえる選手はいません。初めて聞いたときどう思いましたか」と聞いたことがある。 「ビックリしました。でも、それも後になって。打席では集中していてわからなかったです。でもね。責任やプレッシャーじゃなく力に変わりました」 ファンの声を力に変えて努力を続けた26年。 優しい人柄ゆえ後輩に頼られ、同期に信用され、ファンに愛された男は、ナインに胴上げされ、強風舞う幕張の夜空に9回舞った。 ZOZOマリンを出たとき真向かいにドンと立っている高層ホテルが、部屋の照明を使い「9」の数字を浮かび上がらせるサプライズ。千葉生まれの福浦は、この街に愛され、この街に見送られてユニホームを脱いだ。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)