霧ふかし(10月28日)
猛暑が長引いたせいか。最近、朝霧が告げる季節の移ろいに戸惑う。東北が生んだ歌人寺山修司の作品にある。〈マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや〉▼病にふけっていたというから、架空の風景かもしれない。哀愁を帯びた波止場。一瞬の灯りが、閉じた孤独を浮かび上がらせる。突然、思考が飛ぶ。「祖国はありや」とは誰の恨み節だろうか。終戦から10年がたった頃に作られた。大戦で散った世代への挽歌とも読める▼首相就任から投票まで26日。戦後最短の日程となった衆院選の審判が下った。マッチ擦る間とは言わぬまでも、わずかな秋の日に浮かび上がったのは、霧深い社会の有りさまだった。暮らしを苦しめる物価高、深刻化する少子化、緊張の解けない国際情勢―。マイク越しの懸命な訴えを耳にするたび、足元の不確かさに胸騒ぎを覚えた。豊かな未来はありや▼寺山は失望も詠んだ。〈地下室の樽に煙草をこすり消し祖国の歌も信じがたかり〉。厳しい戦いを勝ち抜いた当選者は重い責務を背負う。ぜひとも粉骨砕身、難問の数々に決着をつけていただきたい。霧が晴れ、あらゆる世代が心を通わせ過ごせる日々が叶[かな]うよう。<2024・10・28>