日経ビジネス電子版 は「メディアの価値」と「顧客体験」をいかに両立するのか。編集長が語るリニューアルの裏側
サブスクで求められる「点と点を繋ぐ仕掛け」
分島:ビジネスを成立させるには顧客ニーズに応える必要があるけれど、メディアには伝えたい情報がある。どうバランスを取るかが難しいところですね。 原:たしかに難しい問題ですが、まずは我々が求めるレベルのコンテンツについてお話しします。小林製薬の紅麹問題を例に挙げると、記事を読む人の多くは製薬会社ではない人たちで、他業種の社長は「自社のガバナンスは大丈夫か」という観点で見ています。ある業界で起きた事象から知見を得て、異なる業種の経営層がマインド変化を起こせるか。そこまで落とし込めてこそ経済誌の役割が果たせるわけですが、面白いことに求めるレベルに達しない記事はAEスコアの経営者層比率も低い。つまり普遍的なテーマや汎用性の高い教訓がある記事は、顧客の声と伝えたいことが重なるのです。 また同時に、書き手の熱い思いがあるから良いコンテンツは生まれるので、書き手の満足も軽視できません。読み手に届いたときにその熱量が冷めていたら、仕組み自体に問題があるということ。UXを考慮した熱が伝わるサイトにするために、書き手と読み手の満足をうまく合致させていきたいと考えています。 分島:デジタルは視覚も体験もドラスティックに変えられる一方で、コンテンツが点になりやすい側面があります。一方で「雑誌」という媒体の強みはいろんなコンテンツをパッケージで出すところにあると思いますが、その辺りはどうお考えですか? 長井:日経ビジネスさんが最も力を入れているのは「特集」だと伺いました。であれば、それをきちんとパッケージとして見せる必要がありますが、以前は特集という言葉が、雑誌で言うところの巻頭特集以外の連載などにも多用されていました。顧客からすると、どれが本当の特集か見分けがつかないので、言葉の使われ方や意図を正しく理解したうえで分類するため、何度もやり取りを繰り返しました。 長井 崇行/I&CO Creative Director / Art Director。東京藝術大学デザイン科卒業後、McCann Erickson、ENJIN、BIRDMANにてデザイナー・クリエイティブディレクターとして活躍後、メルカリにてメルペイの立ち上げに参画。その後BIRDMANに復帰し、Chief Creative Officer(取締役)を経て、2021年より現職。企画やコンセプトの立案から、UIUX設計、ビジュアル、空間、映像CGまで幅広い経験とデザイン領域で、新たな価値の実現をプロデュースする。 原:このやり取りを通して改めて特集について考えたのですが、雑誌の巻頭特集は2時間半で完結する大作映画を5~6人で作るような感覚です。ところが、サブスクで求められるのはストリーミングサービスなどで高い人気を誇るドラマのように点と点を繋ぐ、次を見たくなるような構成。雑誌の記者はそうした作り方に慣れておらず、これから挑戦しなければなりません。 分島:そうした仕掛けづくりには、顧客ニーズを捉えることがますます重要になりますね。事業会社が手がけるブランドのように、個々のコンテンツが後ろで大きく繋がっているストーリー、メディアブランドとコンテンツのあり方も進化が求められているとも言える。 原:おっしゃる通りで、コンテンツとコンテンツを繋げる仕掛けとして、今回「TIME MACHINE」を導入しました。I&COさんの提案によって実現したこの機能は、キーワードを入力すると約6万本のアーカイブ記事から閲覧できる仕組みで、検索結果がグラフとリストで表示されます。 たとえば「機能性表示食品」と入れてみると、最初に登場するのは2015年で、解説とともに当時から消費者のリテラシーが大事だと言われていることがわかり、2017年には医師が警鐘を鳴らす記事がある。記者は各記事が繋がることを意識して書いたわけではないけれど、点と点を線にすることで、世の中の出来事が繋がっていくことを認識できます。 長井:過去の記事をただ残すのではなく活用することで、俯瞰して物事を見通せる装置になる。TIME MACHINEは点と点を繋ぎ、古いこと自体に新たな価値を生み出す仕掛けにできたと思います。 分島:メディアが蓄積してきたコンテンツが、時間を経たあともただアーカイブされるだけでなく、新たな価値になる。理想的ですね。ほかにも今回のリニューアルではタブのカスタマイズやTIPS OF THE DAY、文字サイズの変更など、さまざまな機能やサービスを追加されましたが、これから実現したいことはありますか? 原:まずアプリを改善したいですね。アプリ利用者のロイヤリティは非常に高く、年末年始など休みの日もアクセスされるので、この先はアプリユーザーを増やしていきたいと考えています。ただ現状ではスマホで読むには雑誌の記事は長すぎるし、有料記事が多いので新規でダウンロードした人はほぼ読めない。そうなるとアプリの評価が下がるから、どうするかが課題です。 さらに、電子版の大型リニューアルはこれが最後だったと言えるくらいフィールバックループを回し、絶えず改善し続けていかなければと考えています。
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