侍ジャパン奪三振王の“一人時間差”【白球つれづれ】
◆ 白球つれづれ2024・第43回 「第3回WBSCプレミア12」で、連覇を狙う井端ジャパンは17日第4戦となるキューバ戦に7-6の激戦を制して決勝ラウンド進出を決めた。 雨の台湾・台北天母球場。1点差の最終回にドラマは待っていた。 逃げ込みを図る侍ジャパンが抑えに起用したのは藤平尚真(楽天)だ。 第1戦の豪州、第2戦の韓国戦に救援すると2試合共に3者連続三振。その前の強化試合であるチェコ戦でも圧巻の奪三振ショーを演じて、これを入れれば9者連続三振の離れ業を演じている。 今大会では、守護神・大勢(巨人)に繋ぐセットアッパーを任されていたが大勢の3連投を避けたいベンチは新たに誕生した三振王にクローザーの大役を託した。 初の抑え役の緊張。ゲームの流れは終盤に追い上げるキューバにあった。おまけに激しさを増す雨で、グラウンドはぬかるみ、手元のボールは滑ってコントロールもままならない。 勝手の違う場面でA・デスパイネ、A・マルティネスと日本球界で活躍した主力に連打を浴び、フォークボールがすっぽ抜けて死球も与えて一死満塁の大ピンチを招く。再逆転まであり得る場面で藤平の負けん気にスイッチが入った。 後続を見逃し三振に仕留め、最後も元メジャーリーガーのA・コスメをフォークで空振り三振に仕留めた。終わってみれば奪三振王の真価を発揮。今大会3試合で9個のアウトのうち8アウトを三振で仕留めている。 試合後は藤平と同じ横浜高出身のレジェンドで、テレビ解説の松坂大輔氏が最後の奪三振を「精神的な強さの見えた1球」と激賞すれば、井端弘和監督も「強気なところの出たいいピッチングだった」と初セーブに合格点を与えた。 ◆ 短いイニングで完全燃焼する役割がポテンシャルを引き出す 遅れてきた大器である。2016年のドラフト1位も昨年までの7年間はプロの厚い壁の前に通算10勝16敗、防御率4.27と、およそ侍ジャパンには手の届かない平凡な数字が並ぶ。 覚醒は今季に訪れた。先発要員から中継ぎに転向すると、短いイニングで完全燃焼する役割が藤平の持つポテンシャルの高さを引き出したのだろう。あっという間に中継ぎエースに駆け上がると20ホールド1セーブで防御率も1.75と跳ね上がる。 46回1/3の投球回に対して奪三振数は58。侍ジャパンの選考にあたっていた吉見一起投手コーチは、データ類の優秀さに加えて「対戦したパリーグの打者たちが“あれは打てない”と声を揃えていたからね」とジャパン選出の裏話まで披露している。 常時150キロを超すストレートに140キロ台の高速フォークを操る藤平の奪三振の武器はもう一つある。“一人時間差”とも言うべき投球術だ。 1イニング限定で投げることによって、セットアッパーは1球たりとも息の抜けない全力投球が求められる。加えて藤平の特徴は投球直前、右足に全体重を乗せたまま4~5秒の独特の“間”があること。打者にとってはタイミングの取りずらい数秒間は、投手にとっても、かなりの体感の強さがなければ出来ない技法である。 加えて、時にはこの“間”を置かずにクイック投法も駆使している。したがって打者は立ち遅れたり、差し込まれて三振を奪われることになる。まさに“一人時間差”投法のたまものなのだ。 今回の井端ジャパンは若手中心のメンバー構成。大谷翔平や山本由伸(共にドジャース)村上宗隆(ヤクルト)、岡本和真(巨人)らの大物選手はいない。したがって、今大会の活躍度が五輪や次回WBC出場への採点基準となる。 ここまでの藤平の働きは十分に合格点を与えられる。キューバ戦のクローザー起用は大勢不在のお家の事情があったとは言え、国際試合の緊迫した場面で逃げ切ったことは、今後の起用法に幅が広がったとも言える。 抑え投手は、大事な場面で三振が奪えて、精神的にもタフな事が求められる。その二つの条件をクリアしたことで、藤平への評価は確実にもう一段上がった。 中学生時代から各年代の日本代表に選ばれてきたエリートは、プロ8年目で再び輝きを取り戻した。 奪三振ショーは投手の華。このまま藤平の快投が続けば、井端ジャパン最大の収穫となるかも知れない。 文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
BASEBALL KING