『燕は戻ってこない』は“資本主義社会の負の側面”が主テーマに 黒木瞳が存在感を発揮
宝塚が生んだ“スター”黒木瞳が千味子役を怪演
●子どもが“カスタマイズ可能な商品”になる未来は訪れるのか? 本作を観ていると、親にとって子どもはどのような存在なのか考えてしまう。「親にとって子どもとは?」という問いに対して、「愛の結晶」「無条件に愛せる存在」といった答えがベターなのであろう。しかし、現実において親子の関係はそう単純なものではない。 基と悠子が代理母に依頼してまでも子どもを望む動機は特殊なものだ。基は悠子を好まない母・千味子から、せめて夫婦の間に子どもを授かってほしいと執拗にお願いされている。悠子に子どもが今後もできなければ、千味子によって2人の関係は解消されるかもしれない。第3話では、基は「悠子と添い遂げるために子どもがほしい」と彼女に伝えている。 しかし、基が子どもを求める理由はそれだけではない。彼と千味子は才能あふれるダンサーであったがゆえに、凡人には想像できない特別な事情を抱えているのだ。 「母さんがマチュー・ガニオを好きなのは父親がデニス・ガニオで母親がオペラ座のドミニク・カルフーニだからだろう。最初からバレエダンサーの血をひくきらぼしでマシューもそれを証明して見せた。俺だってそうだよ。母さんは日本人ではじめてロイヤルに在籍したダンサーで、父さんは東京バレエ団。俺も証明しなきゃならなかった」 「次は母さんと俺のDNAを継いだ子どもだよ。その子どもが成長して勝ち続ければ、よその子じゃ意味がないんだ。これは俺のDNAの証明だから」 基と千味子が子どもを切望するのは、草桶家の遺伝子の証明をしたいからだ。いや、基は遺伝子の証明をしなければならない宿命にある。 我が子を望む最たる理由が遺伝子の証明と言えば、心証は一般的によくないだろう。しかし、動機はそれだけではないとはいえ、似たような理由で子どもを授かりたいと思う人は意外と多い。例えば、一昔前は「生産力(働き手)」として子どもを望む親は珍しくなかった。今でも「家の跡取り」として子どもを望む人はいる。 ここで重要なのは、代理出産がまかり通るのであれば、子どもの“カスタマイズ”も可能となり、人間の“商品化”もすすむ可能性が懸念されることだ。千味子は「その代理母って体型とか選べるの?」と第2話で述べているし、「2000万も出すんだったらせめてバレエの資質に恵まれたカナちゃんのランクの子を選びたいわ」と第4話では口にしている。子どもと代理母はまるで商品であり、「無償の愛」の対象ではない。また、選び抜かれた遺伝子からつくり上げられた子どもであっても希望通りの人間になる保証はないが、この場合はどうなるのかも気になってしまう。 人間の外見も気質も才能も自然の摂理である。しかし、夫婦が自然の法則に反し、望む我が子をつくり上げるために遺伝子の調整などを行うことがまかり通れば、人間社会は想像できない方向に向かう。これまでに存在しなかったハイスペックな人間の“生産”が見込まれるが、社会がよりよくなるとは到底考えられない。 ●宝塚が生んだ“スター”黒木瞳が千味子役を怪演 本作は石橋静河演じるリキを中心に、稲垣吾郎演じる基、内田有紀演じる悠子に焦点が当てられている。しかし忘れてはならないキーパーソンが、黒木瞳演じる千味子だ。基が手段を問わずに子どもを求めるのは千味子の影響を受けてのことであるし、代理出産にかかる費用を負担するのも彼女だ。千味子は登場シーンこそ多くはないものの、リキ、基、悠子の将来を握っていると言っても過言ではない。 黒木は日本人初の国際的なバレリーナ/基の母親役を巧みに演じている。黒木自身、宝塚の歴史に名を刻んだスターだ。史上最速となる入団2年目で大地真央の相手役に選ばれ、トップ娘役に就任。退団後は国民的な女優として幅広く活躍し、日本のドラマ史においても欠かせない存在である。 彼女に千味子のような先天的な才能があるのは確かだろう。宝塚音楽学校の受験にはバレエほぼ未経験で挑み、かつ面接では「松竹でもよかったが」とびっくり発言をしたエピソードはよく知られている。それでも合格を勝ち取った彼女は「女優」になるべくして産まれてきたと言えるだろう。 黒木はドラマや映画を活動の拠点にしているが、ダンスの才もある。長年にわたり、タップダンスを続けており、舞台やバラエティ番組でも時々披露している。2023年は朗読劇『ルビンの壺が割れた』において優雅なダンスを披露したが、筆者は黒木の儚くも強く、美しいダンス姿に感動した。 本作では黒木がダンスを踊るシーンこそないものの、千味子の部屋に飾られたバレリーナ時代の彼女の写真や幼い基のレッスンにコーチとして携わる姿は黒木だからこその魅力があふれている。国際的なバレリーナ・千味子の遺伝子が基で途絶えるとすれば残念に感じるほど、元バレリーナ役をステキに演じている。彼女の演技におけるこうした魅力や奥深さは「トップ女優」としての宿命を受け入れ、長きにわたって走り続けてきたからこそのものだ。一般人には考えられない苦悩もあっただろう。黒木が千味子の迷いや苦悩、背負うものの重さをどのように表現していくのか楽しみである。
西田梨紗