【国立大の学費問題】日本の大学が世界で勝てない本当の理由、英オックスフォード大・苅谷教授が疑問視する「実力」
■ マーケットに組み込まれていない日本の大学 苅谷:大学教育の「費用対効果」をもし考えるのであれば、日本という単一の市場で勝負している国内の大学と世界中から研究資金・教員が集まる海外のグローバルな大学が置かれている競争環境が全く異なったものであることを認識しなければなりません。 イギリスとアメリカのトップ校を引き合いに出せば、彼らは大西洋を挟み、熾烈な優れた教員の獲得競争を行っているわけです。 学生にしてみても、こうした大学を卒業できれば国を選ばずに競争力の高い企業に就職できるだけの箔が付きます。日本語という単一マーケットに縛られた国と単純な比較はできません。 オックスフォードをはじめとしたイギリスの名門大学も日本の大学運営交付金のような補助金は受け取っていますが、その比重は日本とは比べ物にならないくらい少ない。それは、世界のマーケットの中に組み込まれている海外のグローバル大学と、国内市場に守られている日本の国立大の大学運営の方法そのものが異なることに起因するのです。 学費だけを基準に「日本の国立大は受益者負担の原則が守られているかどうか」は議論できないと思います。 ──国家戦略としての大学運営という意味合いにおいて、イギリスと日本では考え方がそもそも異なるのですね。 苅谷:日本の高等教育の歴史的経緯は「国が大学の財政支援をあまりしないことによって教育を拡大してきた」ところにあります。経済協力開発機構(OECD)諸国と比較しても日本は教育への公的支出がとても低く、私学を始め家計が教育コストを負担してきたのです。
■ 留学生にお金を落としてもらえる大学になれるのか? 苅谷:日本の大学生の約7割が私立大学に進学する中で、家計負担の能力を考えると、イギリスやアメリカのように多額の授業料は請求できません。これが、私学の授業料が100万円から200万円程度でおさまっている理由でしょう。 また、先ほども説明した通り、オックスフォード大学は外国籍の留学生の方がイギリス国籍の学生よりも高い授業料を支払う仕組みになっています。反対に、日本では留学生の方が自国民よりも授業料が安いと思われるほど充実した学生支援制度を用意しています。 ただ、なぜ世界中からオックスフォードに高い学費を払ってまで留学生が殺到するか、という視点も持つ必要があります。 結局、世界の公用語でもある英語で学位を取得できれば、グローバルな労働市場に入っても有利に働く、という点は無視できません。あえて日本に来て、日本語で授業を受けて学位を取って、国際的にみて給料が低い日本の大企業に入りたいという留学生はあまり多くはないでしょう。 もちろん、アニメやマンガなど日本にはまだまだソフト・パワーがありますから日本に興味を持つ学生もいるでしょう。ですので一概には言えませんが、それでも英語と日本語のグローバル市場での価値の差は経済合理性を考えると歴然としています。 それと、ここでもう一つ論点として重要なのが移民の問題です。イギリスでは1990年代に労働党が政権を担いはじめてから、国立大学のグローバル化に舵を切ります。オックスフォードをはじめとしたブランド校をいかに海外市場に売り出し、外国の優秀な人材から高い授業料を取ることで大学の財政を豊かにしていくか。その点を主眼にした大学運営に注力するようになったのです。 もちろん、ブレグジットの後は移民政策も厳しくなりましたが、それでも日本と比較すると大学を卒業するような高度人材への就労ビザの支給は日本と比較すると緩い傾向にあります。円安も進んでいて、高い学費を払って日本の大学を卒業し、低い給料のまま働き続けたいという外国人がどれほどいるか分かりません。日本の国立大がイギリスの高等教育政策をそのままマネできるかは疑問の余地があります。 (後編も是非ご覧ください) ■英オックスフォード大・苅谷剛彦教授インタビュー (前編)日本の大学が世界で勝てない本当の理由、英オックスフォード大・苅谷教授が疑問視する「実力」 (後編)授業料3倍でも教育の質は上がらない、英オックスフォード大・苅谷教授「元凶はバイトと就活」
苅谷 剛彦/湯浅 大輝