アナ・ケンドリックがシリアルキラーもので初監督 『アイズ・オン・ユー』で貫いた“意志”
アナ・ケンドリックが『アイズ・オン・ユー』の監督を務めた意味
主演俳優でもあるアナ・ケンドリック監督は、本作で得た報酬全てを、暴力や性的虐待の被害者を支援するアメリカの団体に寄付しているという。この事実からも、監督が社会にうったえようとしているメッセージが伝わってくる。あくまで監督は、被害者の側、そして犯罪抑止の観点から、この事件を描いているのである。 彼女自身が演じる主人公シェリルは、役のオーディションの場面において性的な質問をされるなど、劇中で侮辱的な扱いを受ける。じつはここでのやり取りは、ケンドリック自身がオーディションで実際に経験したことを再現しているのだという。事件に絡む女性蔑視だけではなく、それが看過されてきた社会背景に潜んでいる女性蔑視を掘り起こすことで、事件と社会を包括的に描いているということなのだ。とくにこの部分にこそ、アナ・ケンドリックが監督を務めた意味があるというものだろう。 そして、「デートゲーム」の生放送中、シェリルが番組の台本を無視して、番組自体の女性蔑視的な性質を皮肉る言動や質問をする場面では、強いカタルシスを感じさせる演技と演出をおこなっている。ちなみに、実際の番組に出演した女性は、このような態度をとったわけではなかったが、アナ・ケンドリックは「デートゲーム」の他の回で、ある女性出演者が番組の女性蔑視的な性質に抵抗する姿を見たことで、本作にもそれを採用することにしたのだという。 本作は、このような男性による女性の無理解を現在まで継続する問題として描いているが、それを男性嫌悪にまで結びつけようとはしていない。それは、女性の主張を聞き入れようとしない男性たちが描かれる一方で、一部の男性が女性の言葉に耳を傾けたり、ロドニーの異常性を察知した男性が、シェリルにそのことを知らせようとする描写によって理解できる。本作に多くの男性スタッフや出演者がかかわっているように、そして少年もロドニーの被害に遭っていた事実を作中で伝えることで、女性だけが社会の蔑視的な状況を変えていくのではないというメッセージを作品に込めているのである。 本作で殺人犯と対峙する、もう一人の主役といえる少女を演じているのが、オータム・ベストだ。彼女は左手が親指のみという特徴を持っているため、そういった特徴を共有していない実在の人物の役を勝ち取ることには不安があったらしい。しかし今回、役に抜擢されるとともに、自身の特徴がとくにクローズアップされないという経験ができたことを非常に喜ばしいことだったと語っている。障がいがあることを必要とされる役も重要だと彼女は言うが、一方でそことは別の部分で評価されることは、彼女にとっても、映画界にとっても意義のあることだったのではないか。 女性がいまよりも軽視されていた年代の俳優の境遇や、残虐な犯罪の被害に遭った人々を描いた本作において、オータム・ベストの飛躍のきっかけとなる選択をしたことは、作品自体の趣旨にも適っている。俳優の立場から映画界を、そして女性の立場で社会を眺めてきたアナ・ケンドリックは、そんな本作において、劇中で自己主張をしたシェリルのように、自分の意志を監督という立場でも貫いているといえるのである。
小野寺系(k.onodera)