宇佐美を号泣させたガンバ愛
視界がどんどんぼやけてくる。何度も何度もぬぐっても、ガンバ大阪のFW宇佐美貴史のほおを熱い涙が伝っていった。FWリンスとの交代で、宇佐美がピッチを後にしたのが後半39分。状況はガンバが2点のビハインドを跳ね返す逆転劇で1点をリードしていた。アディショナルタイムを含めて、あと数分を死守すれば歓喜の瞬間が訪れる。ベンチで戦況を見守りながら、宇佐美はすでに号泣していた。 ガンバにとっては7シーズンぶりとなるナビスコカップ制覇。2009年度の天皇杯を制して以来となる国内3大タイトル獲得となるが、いずれの歴史も22歳の宇佐美は知らない。後者のときは高校生にしてユースからトップに昇格していたが、ベンチ入りすらかなわず、スタンドで声をからしていた。 試合に勝って泣いた記憶がないと、宇佐美は照れくさそうに打ち明ける。 「ガンバで育ってきた自分が、どれだけ早くガンバにタイトルをもたらすことができるのか。それは夢でもあり、自分に対して掲げていたテーマでもある。最近は何て言うんやろう、チームのパフォーマンスに対して多少なりとも自分が背負っていたというか、背負いすぎていた部分があったのかなと思うので。今日もチームメイトに助けてもらって、2点差をひっくり返して。そういう気持ちを、途中から抑えることができなくなってしまいました」。 改修中の国立競技場から埼玉スタジアムに舞台を移し、8日午後1時10分にキックオフされたナビスコカップ決勝。先制したのは初優勝を狙うサンフレッチェ広島だった。
前半20分にFW佐藤寿人のPKで先制すると、同35分にもゴール前の混戦から佐藤がこぼれ球を蹴り込む。リードを得たときのサンフレッチェは全体が引き気味となり、リスクを冒すことなく90分間を終わらせる手堅い試合運びを得意とする。 だからこそ、2点差をつけられた瞬間、宇佐美は「敗北」の二文字を覚悟したという。 「もう終わったと、ホンマにあきらめかけました。だからこそ、前半のうちに1点を返したことが大きい。あの1点に尽きるし、必ず同点に追いつける、延長になっても勢いは絶対にウチだと。結果論ですけど、2点先に取られたことで僕らの目が覚めたという感じです。あと攻めるだけだったので」。 ツートップを組むFWパトリックのヘディング弾で1点を返した前半38分を境に、流れは次第にガンバへと傾く。迎えた後半9分。左サイドでスローインからのパスを受けた宇佐美の脳裏に、同点ゴールが生まれるまでのプロセスが鮮明に浮かび上がった。 「アベちゃんが相手を引きつけてくれたし、アベちゃんの後方にパトが走ってくるのも見えていたので。アベちゃんを超えてパトへ、狙った通りのボールを蹴ることができた」。 宇佐美の右足から放たれたクロスはニアサイドへ走り込み、サンフレッチェの選手2人を惑わせたアベちゃんことMF阿部浩之が飛び上がった頭を超えて急降下。阿部の後方へ広がるスペースを突いたパトことパトリックの頭と、まさにピンポイントでヒットする。 日本代表に選出された経験のあるサンフレッチェの守護神・林卓人も、阿部の動きに惑わされたことを認めざるを得なかった。 「(パトリックのシュートに)タイミングを合わせるのがずれてしまった。自分が上手く体勢を保つことができれば、また違った結果になっていたかもしれない。その意味で、自分の力のなさを感じる」。 豪快な同点弾導いた宇佐美の戦術眼と卓越したテクニック。主導権を握り返したガンバの迫力ある波状攻撃の前に、もはやサンフレッチェはなす術がない。迎えた26分。阿部のシュートを林が弾いたこぼれ球を、途中出場していた宇佐美のユース時代からの同期、MF大森晃太郎が頭で押し込んだ。