高校時代から意識した大衆性、かつ深化もさせたい――Mrs. GREEN APPLEが向かう「ふたつの軸の理想像」 #なぜ話題
その背景には、ミュージシャンとしての大森の信条があった。「大衆に届けたい」という思いは最初からあったが、それは単に「売れたい」とか「人気者になりたい」という意味ではない。多くの人に知られることだけではなく、自分の創作意欲と向き合い、表現を突き詰めることが何より大切なのだという。 「テレビだったり、いろんなところに出させていただくというのは、ふだん届かない人たちに届くチャンスの場ではあると思います。でも、僕がもしミセスを応援している人だったら『遠くに行っちゃったな』と思うかもしれない。華やかなものを見たらひるむ人もいる。誰も置いていきたくないので、間口の広さを掲げることと奥行きを作ることは、絶対に、両方必要なことだと思います。それが大衆性だと僕は思っています。いろんなところに出ていくということが大衆性ではなくて。自分自身と対峙して、表現という孤独と闘う。そういうドキュメンタリー性との両軸が成立するということが僕の中での理想の大衆性なので。それを同時にやった年末でした」(大森)
Mrs. GREEN APPLEの楽曲の歌詞はほぼネガティブ
「ダンスホール」など爽やかで溌剌としたヒットソングの一方で、死生観を歌う壮大なバラードの「Soranji」など、繊細な心のありようを感じさせる楽曲も彼らの大きな持ち味のひとつだ。大森自身もその感性を大切なものとして持っている。 「“大衆性”とか“ビジョン”という話をすると、最初からすべてを仕組んだ、ものすごい志を持った少年の話みたいに聞こえるかもしれないんですけど、決してそれだけではなくて。同時に、葛藤して、挫折して、孤独と闘ってきた側面も僕の中にはある気がします。ミセスの楽曲を聴いていただくと、歌詞がほぼネガティブなんです。結局『こうありたい』という話しかしていない。みんなでワイワイ楽しめる楽曲ももちろんいいですし、僕らもそういうものを目指してるんですけど。ただ、それだけではない。頑張りたい時とか、心が折れそうな時に、一役買えるような存在であれたら本望だな、理想だな、うれしいなと思っているので。そう心掛けてはいるつもりです」(大森)