保育士を志す事件記者「バイエル」「はないちもんめ」に挑む 10代の同級生が支えに
「子どもたちは先生が上手に楽しくピアノを弾くことが大好きなのです」 「苦手でもこつこつとひたすら練習を」 表情や声色はあくまでも柔和ですが、容赦はしねえよとの冷徹な宣告と受け止めました。相手を惑わすような言動をして有利な局面に持ち込もうとすることを「三味線を弾く」といいます。楽器に縁深いその技術は前職時代に培いましたが、立ちはだかる眼前の難敵には通用しそうにありません。 90分間の授業はあっという間に終わります。わがクラス二十数人の学生を複数の教員が指導します。学生がマンツーマンで指導を受けるのは10分足らずです。順番が来るまで、別室の練習室のピアノで独学です。 1回の授業で2、3曲をクリアしなければなりません。当方には無理な注文です。バイエル49番は、1小節に長さの異なる音符が五つも六つも並んでいます。左手の小節には「分散和音」なる音符が三つあります。 「はい、どうぞ」 教員の合図に促されて弾き始めるも数秒で行き詰まります。演奏のお手本を示してくださいますが、だめです。楽譜の音符が小さくて、老眼にはつらい。数回挑んだところで「では次回に。いい音は出ていますよ」。 この繰り返しでした。 ■10代とのコミュニケーション 短大生になって数か月が過ぎる頃には、40 歳以上も若い同級生との学生生活にも少しずつ慣れてきました。当方はほかの学生のキャンパスライフを邪魔せぬよう日々を過ごしておりました。 肝心なのは学生のみなさんが当方の存在を疎ましく思っておられぬか、です。気がかりでしたが直接聞くわけにもまいりません。 「幼児体育」という授業があります。リズムと運動で子どもの心身の成長を促す術を学びます。ある日、「はないちもんめ」に取り組みました。2グループに分かれ、わらべ歌を歌いながら仲間にほしい人を取り合う遊びです。 隣り合わせた女子学生に対し、事前に手をつなぐことへの許可を得て臨みました。相手チームが当方側の誰かを指名する段になり、声を揃えて「緒方さんがほしい」とおっしゃる。