福井地裁の「もらい事故」判決が出された背景とは?
とはいえ本当に回避できる状況なのか
もっとも、私はこの判決の結論には賛同しません。まず、センターラインを超えて車両が自車に突っ込んでくるなどという事態は通常想定しておらず、心構えも準備もありません。人間は想定外のことには非常に弱いものです。 そして、64メートル離れていたとしても、時速50キロ(秒速約14メートル)同士の車は2秒ほどで衝突します(仮に80メートル離れていたとしても、2.8秒ほどで衝突します)。 クラクションを鳴らして、居眠りをしていたドライバーが目を覚ましても、それまで居眠りをしていた人間が一瞬の間に状況を把握できるとは思えませんし、パニックに陥る可能性も非常に高く、衝突された 車両のドライバー以上に合理的行動が期待できないと思われます。 また、双方時速50キロですから体感としては時速100キロで、数秒後には衝突する位置に対向車が迫っているわけです。 ここで、今回の判決でも事故現場の路側帯は狭いことなどから、先行車両のように左にハンドルを切って避けられる可能性については認められておらず、また、右にハンドル切って対向車線に逃れる可能性については相手も気付いて戻る可能性があるため、認められておりません。 そのままだとわずか数秒で衝突するというと、死の危険を感じてパニックに陥ることがやむを得ない状況で、そのわずか数秒の間で、合理的な判断、回避行動は期待できないと思われるのです。自分が運転していて、目の前に突然、全く想定していなかった対向車が現れたと想像して、1、2、3と数えてみると、その間に合理的な回避行動が取れたと思える方はどれ程おられるでしょうか? このように、判決の事実認定を前提としても、裁判所の判断はあまりに即物的、物理的で、心を持った人間の事故であることからすれば、無過失と評価してもよいのではないかと思われます。 今回の事案、対向車のドライバーには保険がなく、衝突された車両の所有者の保険から賠償を受けられなければ、遺族が賠償を受けられないという事情があったようで、この点が、裁判所の判断(事実認定も含めて)に影響があったのではないかとも推測されます。 (弁護士・吉成安友)