ガザ戦時下の身体障害者…5万人超が直面する困難 がれきでテントをつくる人も、戦闘開始4カ月の現実
イスラエル軍が地上侵攻するパレスチナ自治区ガザでは、170万人が自宅を追われ避難生活を送る。うち約60万人が国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)運営の学校などに避難しており、中には障害者もいる。バリアフリー設備のない学校での避難生活に「自分は何もできない」と天を仰ぐ車いすの男性。軍の絶え間ない攻撃は健常者以上に障害者やその家族に困難をもたらす。また、UNRWA運営の学校周辺には、避難所に入りきらない市民が自らテントを設置した。戦闘開始から4カ月以上が経過したガザの現状を共同通信ガザ通信員ハッサン・エスドゥーディーが報告する。(敬称略。翻訳、構成は共同通信エルサレム支局長 平野雄吾) 「兵士は車いすの娘に犬をけしかけて笑った」パレスチナ人に広がる憎悪 23年
▽30キロの道のりを車いすで避難 色とりどりの洗濯物が干されたガザ南部ラファの学校で、車いすの男性ムハンマド・ナビール(30)が長男アハマド(9)、長女サファ(5)の2人を抱き寄せた。 「この戦争が始まる前、よく(ガザ北部)ガザ市のビーチで子どもたちと遊んだ。今は本当に何もできないと感じる」 ムハンマドは戦闘開始から約1カ月経過後の昨年11月中旬、ガザ北部ジャバリヤから約30キロの道のりを移動した。妻サマ(24)や2人の子ども、いとこの計6人での避難。サマが車いすを押したが、破壊された街の移動は容易ではなく、途中で車いすが故障、いとこがムハンマドを背負った。未明に出発したが、ラファの学校にたどり着いたのは深夜だった。 ムハンマドは2019年、以前のガザ戦闘でイスラエル軍に破壊された建物の解体作業中に2階から転落、下半身不随となった。「1人では着替えさえできなくなった」と振り返る。それでも、青果商の仕事を始め、新たな人生を歩み始めたところで、今回の戦闘に巻き込まれた。
避難先の学校は人であふれ、落ち着ける場所はない。サマは「特にトイレが狭くて汚くて大変だ」とこぼす。ムハンマドは排尿パックやおむつも利用するが、UNRWAからの支給には数の制限があり、排尿パックを再利用するケースも増えたという。週に3回実施していた理学療法のリハビリはできなくなり、身体機能の低下にも不安を抱える。 ▽戦闘でさらに5千人が… パレスチナ自治政府統計局によれば、ガザでは戦闘開始以前、約5万8千人が障害者登録をしていた。スイス拠点の非政府組織(NGO)、欧州地中海人権モニターは今回の戦闘で少なくとも5千人が回復不能な傷を負い、障害者になったと発表している。 ムハンマドは「今思えば、戦闘前は『半分』の障害者だった」と話す。ガザでも、バリアフリーの意識が広がり、2019年にはガザ市に障害者用トイレを設置したビーチもオープンした。ムハンマドは「子どもたちと遊んで楽しかったのが忘れられない」と振り返った。