東京大学がマッチング理論で、企業や自治体の制度設計を支援【小島武仁・東京大学大学院教授&山本康正・京都大学大学院客員教授 対談<後編>】
経済学やコンピュータサイエンスを活用し、より良い仕組みを社会実装する東京大学の研究所が、企業や自治体に共同研究への参画を求めている。シスメックスの人事制度や東京都多摩市の保育園割り振りの改善、ビズリーチの転職アプリでの新サービスの効果検証などの実績があるマッチング理論の実証研究を拡大するものだ。その詳細について東大教授の小島氏に京大客員教授の山本氏が聞いていく対談連載の後編。(構成/ダイヤモンド社論説委員 大坪 亮、撮影/嶺 竜一) 【この記事の画像を見る】 ● ビズリーチでは履歴書が改善 企業からのスカウト数が高まった 山本 小島さんはスタンフォード大学でテニュア(終身在職権)の教授に30代でなられて、最先端の研究を続けられていたわけですが、なぜ日本にもどられて、UTMDのセンター長に就かれたのでしょうか。 小島 スタンフォード在籍時も理論の社会実装に興味がありました。私が研究しているマッチング理論を活用すると、日本で大きな社会課題になっていることの解決につながると思っていました。 ただ、私が今取り組んでいるような、例えば日本の保育園と児童のマッチングをより良くするといったことには、米国では資金も人員も集まりにくいという状況でした。 そんな状況にあって、幸いにして、東京大学に移籍して、こうした研究に資金や人員が投入できる組織が作れるというお話をいただいたのです。運が良かったという面はありました。 山本 ERATOでのプロジェクト以外にも、UTMDは企業や自治体との共同研究を行っていますが、コストやプロセスは、どのようになるのでしょうか。 小島 UTMDは非営利組織です。通常の研究のランニングコストは、大学の予算などでまかなっているのですが、社会実装のためのプロジェクトは、企業や自治体から実費をいただきます。 ただし、(前編で)前述した配属効果検証プロジェクトについては無料で参画できます。また、データをご提供いただきますが、もちろんそれはこの研究のためだけの使用となります。 プロセスは次の通りです。 ステップ1として、企業や自治体の依頼に基づいて、状況のヒアリングを行います。主に東京大学の教員であるUTMDメンバーが依頼先とミーティングして現状を把握し、マーケットデザインの観点から解決可能な問題を特定します。 ステップ2では、UTMD側で有効と思われるソリューションを策定します。状況に応じて、外部のメンバーを招聘し、最適なチームを組んで対応します。 ステップ3で、依頼組織と協議し、研究活動の実行判断を行います。発生する費用などについて、この段階で具体的な見積もりを提示します。以上で合意に至れば、研究活動を開始します。 山本 前述された効果的な社員配属以外には、どのような事例がありますか。 小島 内容の公開許可を得ている企業例では、マッチング・プラットフォームの会社であるビズリーチとの共同研究があります。転職希望者と人材募集企業をマッチさせるプラットフォームですね。このプラットフォームの作り方は、まさにマッチング理論の対象です。 最近1~2年の間にLLM(大規模言語モデル)を使って、いろいろな作業がアシストされています。マッチング市場でもLLMを使っている企業が多くあります。 山本 転職マッチング市場では、何が課題で、改善ポイントはどこにありますか。 小島 どのような転職希望者がいるのかを、企業が正確に把握するのが難しいことです。実際に企業の求人要項にピッタリの転職希望者が存在しても、その人を企業が発見することが難しいのです。 具体的に言えば、マッチングアプリでは、転職希望者は自分の履歴をフォーマットに基づいて記入して登録しますが、そこでのアピールの仕方がしばしば的確ではありません。 最近はLLM の活用により、転職希望者は自分の情報を入力すれば自動的に履歴書が作られるようになっていて、効率化が進んでいますが、それは必ずしも効果的な履歴書にはなっていない恐れがあります。企業のニーズに適うようになっていないのです。 ビズリーチへの当センターのサポートでは、ビズリーチが開発した履歴書のLLMアシストプロダクトがより良いマッチングにつながるかを、いわゆるABテストを実施しデータ解析しました。 山本 ビズリーチの場合は、どのようにアウトカムが出たのですか。 小島 マッチング効果が上がりました。具体的に言うと、ABテストで効果測定した結果、ビズリーチが新サービスとして実装したシステムで書かれた履歴書の転職希望者の群と、そうでない転職希望者の群について、求人募集企業からのスカウト数を比較すると、前者が後者を上回りました。 山本 経営コンサルティングが担う分野とかぶると思うのですが、どう違いのでしょうか。 小島 経営コンサルタントの方は業界のことを詳しく知っていて適切なアドバイスをしていると思うのですが、彼らと比べて学者の優位性は、アカデミックな根拠があるという点です。 実証する際のデザインをどうするのか。そこで集めたデータをいかに統計処理するかという点において、経済学者を始めとするアカデミックスはとても気をつけています。 かつて「ビッグデータ」が注目され始めた時に、アカデミズムの世界から「データの扱い方に問題がある」といった指摘が多く出ました。データの収集プロセスが不透明であったり、因果関係と相関関係を混同されたりして、間違った結論を導き出すケースが多々ありました。学者は理論に基づいてデータを扱い、正しい推論ができるというのが強みです。 山本 データソースはどこか、サンプリングバイアスはないのかなどの点はきちんと見なければいけませんね。とにかく多くのデータを集めればいいとか、今ある社内データで何か新しい発見ができるのではないかと分析したりするケースがありますが、どこからデータをとるかというリサーチデザインは慎重にやらないといけない。 小島 社会の中で集まるデータは、多くの場合、その収集の過程で、人が介在しています。例えば、インセンティブの影響があります。 新入社員の配属で言えば、配属先の希望部署の申告の際、それが適うように行動しようとするインセンティブが介在してきます。その条件下で、人々がどう行動すると予測されるか、どう行動すると配属結果に多くの新入社員が満足するのかを示す理論が大切になります。 UTMDにはそうした理論の専門家が揃っています。また、正しい形でデータを収集し分析する専門家のデータサイエンティストもいます。つまり、センター全体でチームとして、個々の専門分野の知見を活かして、他よりも科学的な結果を出しているのです。