祝・TAB20周年!スタッフ7人で語る座談会【前編】日本最大級のアートメディアで働くみんなのキャリア形成、TABの歩み、いま考えていることとは?【Tokyo Art Beat 20周年特集】
コロナ禍というピンチ
井嶋:まよさんにとって、ターニングポイントはいつですか? 村上:ターニングポイントというより、TABとしてのピンチについて話すと、コロナ禍がすごく大変だった記憶があります。展覧会情報を掲載しても、展覧会が中止になったり、予約制に切り替わるといった状況が続いて、毎日掲載と掲載取り下げ・内容更新を繰り返していました。「中止」などの悲しいお知らせを更新し続けなければいけないというストレスも大きかったです。その時期あたりで展覧会の日時予約の制度が固まりだして、美術展って本来予約なしで行けていたのが、美術業界全体のシステムが少し変わったなと思いました。 あのときはスタッフの人数も少なかったし、コロナの状況と相まって気持ちが本当に暗くなる時期でした。 野路:そうですね、その頃からリモートワークも始まってコミュニケーションも試行錯誤で。コロナの影響で世界経済が悪化すると言われていて、美術館も閉まっているし閉塞感いっぱいでしたよね。そのいっぽうでアートコレクターが増え、アートバブル的な現象がみられたり、予測外のことも起こりました。展覧会の入場料が上がったり、予約制が取り入れられるというのはコロナの影響としていまも残っていますね。 社会的・政治的テーマと接続する記事 井嶋:TABはコロナ禍だけでなく、たとえばいまのウクライナやパレスチナの状況であったり、世界情勢に呼応する記事を出しているように思うんですが、それは意識している点ですか? 福島:そうですね。近年はアーティストも社会的・政治的な問題意識を持って作品を制作し、そうしたことがテーマや表現手法として表面化することが多いですから、「純粋な芸術」といったものがもしあるとしても、それだけを扱うということはもうできないですよね。 良し悪しはあるかと思いますが、こうした社会的・政治的な側面は、アートの専門知識を持たない人にとっても、身近な共感や関心を持ちやすい。反面、ポリティカルコレクトネスや表現の自由といった議論を通して、アートが“敵視”される状況も可視化されるようになりましたが。とくにマイノリティや、社会的に周縁化されてきた存在とその表現は、いま世界的にもアートシーンで重要な位置を占めるようになっています。歴史認識や戦争、環境問題、ジェンダー、エスニシティなどへの視点は不可欠で、私自身もアートの仕事を通して、様々な事柄を日々学び続ける必要性を痛感しています。 私自身はジェンダーやフェミニズム、クィアといったことをひとつの自分のテーマ据えて、インターセクショナルな観点を大事にしようと思いながらTABで記事を作ってきました。私が『美術手帖』で最後に担当した特集は「女性たちの美術史」で、本当にやれてよかったと思いますが、自分の勉強不足、力不足、紙幅の都合もあって、やりきれないことが多かったし、さらなる課題もどんどん見つかりました。TABではウェブというクイックに記事化できる特性を活かしながら、十分ではありませんが、少しずつこうした視点での記事を作っています。 この3年ほどで状況が大きく変わりましたが、少し前はフェミニズムやクィア、ジェンダー視点を打ち出した展覧会はほとんどなかったんです。私がフェミニズム視点の特集をやることで「干されるんじゃないか」というご心配をしてくださる業界の先輩方がいたほどです。でもTABのメンバーは、私がこうした切り口で記事を作ることに、なんの戸惑いもなく、当然だよねといった前向きな感じで、めっちゃやりやす~い、ありがとうって思ってます(笑)。こうした問題意識が自然と共有されていることがTABのチーム、ひいてはメディアとしてのカラーになっていると思います。 一同:いい話~(笑)。 ハイス:私の研究テーマはアートベース・リサーチなんですが、夏子さん(福島)が言ったようにアートのなかでもリサーチをベースとしている作品が近年多いですよね。そうすると、戦争などの大きな政治・社会的問題に対して、アートのほうがレスポンスが早くて、学問のほうが遅い。 自分自身、学者から編集者になって感じている個人的ピンチは、研究者としてはまず対象への入念なリサーチや準備したうえで発表をすることが当然なのに対し、編集者の仕事は早く情報を収集して記事を出すことが求められる部分があって、そうした違いに私がまだ慣れていないと感じています。 福島:よくアート関係の人は「アートは遅いメディアだ(だからこそ意味・価値がある)」って言うけれど、ありなさん(ハイス)のような研究者の視点から見ると、アートのほうが早いというのは、なるほどなと思いますね。 ハイス:アートのほうがずっと早くて、学問にない自由さがありますね。でも同時に、最近は批判性がない作品が多いなとも感じます。たとえば現地にリサーチに行ってそれをドキュメンタリー的にまとめる。そういう作品は、繊細で難しいテーマを扱っているので、見る側が批判するのが難しくなっている。当事者性の問題が含まれていたり、リサーチベース、学問的な要素を取り入れている作品が多い印象ですが、学者からすると、ちょっと適当過ぎると感じるところもあります。 みんなの思い出深い仕事は? 井嶋:ご自身が携わった企画や出来事で思い出深かったことを教えてください。 諸岡:私はやはりNPO法人からスタートバーンとの合流の時期が大変で、体制が変わっていまのように落ち着くまでの時期はとくに辛かった。 村上:私は、楽しかったことはインターンかアルバイトの時期に、TABのオフィスが西麻布にあって、アットホームな雰囲気でたまにお茶したりしながら仕事していたこと。本当に素敵な空間でした。 具体的な企画だと、私はやんツーさんの乳幼児向けワークショップお手伝いをして、たくさんの赤ちゃんとの交流でしかもオフラインのイベントが楽しかった記憶があります。 福島:そういう企画は今後もっとやっていきたいですね。 田原:10周年記念のパーティでは、関係性の近いアーティストさんにも参加してもらって、いろいろな人が集まれる場を作れたのがすごく良かった。デジタルメディアだけど、たまにはオフラインでユーザーに会える場を作れたらいいなと思います。20周年も楽しいイベントを企画中なので期待してほしいですね。 野路:記事について話すと、展覧会レビュー記事を意外な人に書いてもらったり、テーマとアサインする人の組み合わせを考えるのが好きで、面白い企画になれば普段は届かない人にもTABの記事を届けることができるのではと期待しています。たとえばいとうせいこうさんにレビューを書いてもらったのが印象深かったです。 あとは、「国際女性デー」に合わせて行った、アーティスト・高尾俊介さんとお母さんとの対談。 妻業・母親業という女性の仕事は社会、アートの世界では不可視化されてきましたが、そういう役割を続けてきたお母さんの手仕事に高尾さんがアーティストとして影響を受けているんじゃないか、ということで対談をしたんです。高尾さんにとってもお母さんにとってもいい機会だったと言ってもらえて、温かい気持ちになって個人的にも嬉しかったですね。 ハイス:それこそアートの自由さに触れられるときだと思っています。私がとくに印象的だったのは、ロシア出身のアーティスト、タウス・マハチェヴァさんのインタビューですね。 作家の言葉で強く残っているのは「アートは内なる許可から生まる」と言っていたこと。ロシアという様々なことが制限されるところで育った作家が、こうした力強い言葉を語ってくれたことはとても印象深かった。私はずっと学問的な枠組みや縛りのなかで研究してきたんですが、TABに入ってからアートの自由さや自分の表現の自由さを知った。それをTABが教えてくれた。 一同:いい話~(笑)。 ハイス:また、普段は日英の翻訳をしていて、ロシア語から翻訳をするというのが初めてだったので、その点でも思い出に残っています。 福島:露英日、3つの言語が堪能なありなさんがいたからこそできた記事でしたね! 私はどの記事も印象深いですが、TABに入ったばかりの頃、最初に手応えや可能性を感じたのが佐々木健さんのインタビュー(聞き手:福尾匠さん)です。 「合流点」という展覧会がまず本当に素晴らしくて、立ち会えたことを奇跡のように思います。インタビューは長時間におよび、文字数も3万字ほど。正直ここまでの長さをウェブで広く読んでもらえるのか不安はありましたが、結果的に1年を通してもっとも読まれた記事のひとつになり、福祉に関係を持つ方からも反響も大きかった。この記事で注目してくれた方もいたと思いますが、TABの読者への信頼を持ちましたし、充実した記事を作ればきちんと読んでもらえるというのは、その後の原動力になりました。 井嶋:TABは最近「子連れ美術鑑賞についてのアンケート」に関する記事を出したり、子供や若者といったトピックが編集部でも話題に上がりますが、その辺りいかがですか? 野路:編集部には家庭を持っている人も多く、子育てや子供というのはまず自分たちにとっても身近なトピックなんですね。それは大切なことだし、アート界のインフラにおいてもたくさんの課題があるので、問題提起していきたいと思っています。同時にそれは、私たちがみんな年齢を重ねてきたということでもあって(笑)、最近は自分の観測外にいる若い世代の人たちが面白いことをやっていると小耳に挟んだりして、下の世代の動きには意識的に目を向けないと取りこぼしてしまうという危機意識もあります。やはりこれからのシーンを作っていく人たちとして、若い世代、新しいプレーヤーの動向も積極的に追っていきたいです。 福島:そのへんの感性や情報は井嶋さんにも大いに期待するところですね。TABの今後の展望として、従来のウェブサイトという枠に留まらず、YouTubeなどの動画や音声など新たな発信方法や場を多角的に広げていきたいと考えていて。それも新しい人たちと出会いたい、みんなに使ってもらいたいという思いからです。 井嶋:ありがとうございます!
福島夏子(編集部)