「西朝鮮」そんな国あったっけ…?中国のインテリたちは自国に呆れ果てていた…!
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』の中の新語・流行語・隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
西朝鮮(シーチャオシエン)
隣国である朝鮮民主主義人民共和国のことを、日本人は「北朝鮮」と呼んでいる。その北朝鮮は、大韓民国(韓国)のことを、「南朝鮮」と呼ぶ。 そこまでは常識だが、はて「西朝鮮」なんて国、あったっけ? 私がこの新語に初めて接したのは、2016年6月4日だった。 北京に住む友人で、1989年の天安門事件で派手に活動した男がいる。その後、新聞記者になって、日本で言うなら第一線の社会部記者として、江沢民時代と胡錦濤時代には、話題を呼んだ告発ルポをいくつも書いた。 彼は酔うと、いつも天安門事件の話を始める。それで、他の中国人の知人のように春節(旧正月)に微信の挨拶を送るのでなく、天安門事件の日(6月4日)に送っていた。 2016年のこの日、彼から来た返信に、こんな一文があった。 〈五月三十五日的西朝鮮、大大很厳〉 恥ずかしながら私には、意味不明だった。直訳すると、「5月35日の西朝鮮は、大大がとても厳しい」。 私は数分の間、スマホの画面に現れたこの一文と、睨めっこした。あの人懐っこくも鋭い目つきの顔が、浮かんでは消える。奴はいったい、何が言いたいのだろう? 最初に解けたのは、「大大(ダーダー)」だった。2014年から、習近平主席の人気を庶民の間で広めようと、官製メディアが「習(シー)大大」(習おじさん)と親しみを込めて呼び始めた。 しかし2016年4月になって突然、この呼称が消えた。一説には本人が嫌ったとも言われる。いずれにせよ、「大大」とは「習近平主席」を指すに違いない。 次に、5月のカレンダーを眺めてみた。当たり前だが、31日の火曜日で終わっている。 だが薄い文字で、その右横に「1、2、3、4」と記されていた。今日は6月4日の土曜日……。 「あっ!」思わず声が出た。「6月4日」=「5月35日」ではないか。 最後は「西朝鮮」。北朝鮮の地図を、脳裏で思い描いてみる。北朝鮮の西側に位置するのは……「中国だ!」 〈6月4日の中国は、習近平主席がとても厳しい〉 彼はこう伝えたかったのである。だが直接こんなことを書けば、前項で述べたように「秒删(ミアオシャン)」(1秒で削除)されるだけでなく、公安(警察)がコンコンとドアをノックしてくるかもしれない。そうしたことを本能的に警戒して、隠語に隠語を重ねたのである。 実際、彼はこの時のメッセージで、「記者を辞めた」とも書いていた。「自分はこれ以上、『党色』には染まれない」 同年2月19日、習近平主席は、「3大メディア」と呼ばれる人民日報社、新華社、CCTV(中国中央電視台)を訪問した。そしてCCTVの大会議室に、中国マスコミ業界の幹部たちを勢揃いさせて、重要講話を述べた。 「メディアの活動は、すなわち(中国共産)党の活動なのだ。すべてのメディアは党と政府の宣伝の陣地であり、党の姓を名乗ることが必須だ!」 この講話は、「ニュースメディアの党姓の原則」(新聞媒体的党姓原則)、略して「党姓論」として、瞬く間にマスコミ業界に浸透していった。かつて毛沢東主席は「新聞を党の重要な武器とみなせ」と語ったが、毛主席を崇拝する習主席は、この考えを踏襲したのだ。 実際、年に一度の全国人民代表大会(国会)の開幕日にあたる同年3月5日には、習総書記が「党中央厳令」を出した。「今後はメディアが、反党・反毛沢東の言論を出すことは許さない」という指令である。 鄧小平時代に入った1981年6月に開かれた「6中全会」(中国共産党第11期中央委員会第6回全体会議)で、毛沢東主席が主導した文化大革命は誤りだったと総括した。個人崇拝も悪として、党規約(党章程)で禁止を定めた。そうした決定を35年ぶりに覆したのである。 一事が万事で、「毛沢東主席はすべて正しい」→「習近平主席は毛主席の後継者である」→「習近平主席はすべて正しい」という論法である。これは北朝鮮の「金日成主席はすべて正しい」→「金正恩総書記は金日成主席の後継者(直系の孫)である」→「金正恩総書記はすべて正しい」という論法と同じだ。 実際、中国共産党中央委員会機関紙『人民日報』は、朝鮮労働党中央委員会機関紙『労働新聞』と記事の内容が変わらなくなり、CCTVはKCTV(朝鮮中央テレビ)とニュース番組の内容が変わらなくなった。要は、最高指導者の礼賛一色である。 そしてあらゆる中国メディアが、この方針に追随しなければならなくなった。新興のネットメディアも同様で、スマホをクリックして表紙画面を開けると、その日や前日の習近平主席の活動や重要講話で溢れるようになった。 前述のように、全国9671万人の共産党員は、習総書記の重要講話を手書きで書き取り、その講話で自分が何を学習したかも付記しなければならない。そうしたことから、中国のインテリたちが、自国を自虐的に「西朝鮮」と呼ぶようになったのだ。 そう言えば習近平主席と金正恩総書記には、共通点が多い。以下思いつくままに挙げる。 1:二世政治家 習主席は習仲勲元副首相の次男で、金総書記は金正日前総書記の三男だ。互いに幼少期から「偉大な父親」を見て育ち、帝王学を身につけてきた。長男でない点も共通項だ。 2:一強政治 胡錦濤政権から習近平政権への最大の変化は、集団指導体制から一人指導体制に移行したことだ。「中南海」(北京の最高幹部の職住地)の俗語では、「総書記説了算(ゾンシュージーシュオラスアン)」(総書記が言ったらそれで決まり)と言う。 そのため、党内序列ナンバー2の李克強首相の影は薄くなり、いつしか「李省長」と囁かれるようになった。「省」は日本の「県」にあたるので、さしずめ「李県知事」だ。 北朝鮮に関しては、かつて金正恩総書記の叔父で、張成沢党行政部長という「不動のナンバー2」が存在した。だが金総書記の逆鱗に触れて、2013年12月に機関銃で銃殺された後、火炎放射器で跡形もなく燃やされてしまった。 3:強軍政策 習近平政権は「強国強軍」をスローガンに掲げて、軍備増強に邁進している。同様に金正恩政権も、「強盛大国」をスローガンに掲げて、ミサイル実験や核実験を繰り返している。両者とも「アメリカに対抗するには強力な軍事力しかない」と考えているのだ。 4:夫人は元国民的歌手 習近平夫人の彭麗媛氏も、金正恩夫人の李雪主氏も、ともに国民的歌手として活躍している時に、いまの夫に見初められた。 5:肉好き 習主席は「北京ダック」を生んだ北京人だけあって、無類の肉好きとして知られる。2017年4月、トランプ大統領の別荘で初対面のディナーの際、メインディッシュを「ドーバー海峡産カレイ」にするか「ニューヨーク風ショートロインステーキ」にするか聞かれ、「ステーキ」と即答。やはり無類のステーキ好きのトランプ大統領を喜ばせた。 一方の金正恩総書記も、唯一の親しい日本人である「金正日の料理人」藤本健二氏から私が聞いたところでは、毎日300gのステーキを平らげるという。 31歳違いの両雄は、互いにトップに立って6年後の2018年3月26日、北京の人民大会堂北大庁で初対面を果たした。ふっくらとした顔といで立ち、まさに親子のように映った。
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)