頼清徳新政権への「懲罰」…!? 中国人民解放軍&海警局による本気すぎる「大規模軍事演習」の狙いは何なのか
中国側のメリットとデメリット
今回の降って湧いたような中国人民解放軍と海警局による軍事演習に関しては、日本でも様々な報道や解説がなされた。だが私には、どうも腑に落ちない。何かが不自然なのである。それは、こうした軍事演習を行うことの中国側のメリットとデメリットについて考えると分かる。 まず最大のメリットは、上述しているように、発足したばかりの頼清徳政権、プラス米日に対する「威嚇」である。「これから4年間の言動に気をつけろよ」という警告だ。ここまでは容易に理解できる。 しかし、いきなり今回のような派手な演習を実行するデメリットも少なくないのだ。第一に、2340万台湾人の大きな反感を買う。 今年2月23日に台湾の政治大学選挙研究センターが発表した「台湾人のアイデンティティーに関する意識調査」によれば、「一刻も早く中国と統一すべきだ」と答えた台湾人は、わずか1.2%しかいない。また、「自分は中国人」と考えている台湾人も、2.4%しかいない。 この意識調査は毎年1回行っているものだが、もしも軍事演習を経たいま行ったとしたら、どちらもゼロに近い数値が出るのではないか。つまり、中国側が威嚇すればするほど、台湾人の人心は中国から離れ、習近平政権が望んでいる平和的統一は遠のいていくというわけだ。 第二に、こうした軍事演習を行えば行うほど、中華民国国軍(台湾軍)やアメリカ軍、ひいては日本の自衛隊に、台湾有事の際の「手の内」を明かすことになる。 2年前の8月に、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が訪台し、中国人民解放軍は約1週間にわたって、激しいミサイル演習を行った。その時、私はあるテレビの討論番組で同席した元自衛隊幹部に、出演前の控室で演習について聞いてみた。すると、ニヤリとして、こう答えた。 「正直言うとね、あれだけ中国側が『手の内』を明かしてくれて、嬉しい限りさ。テレビでは言えないけどね」 今回も中華民国国軍は、当然ながら中国側の演習を「教材」として、アメリカ軍と共に対策を練るだろう。つまり台湾側の「対応能力」は向上し、その分、中国側は実戦で苦戦を強いられる。 中国側のデメリットの3点目は、いま習近平政権を挙げて行っている「経済回復」にブレーキがかかることだ。今回の中国側の軍事演習は、まさにヨーロッパのウクライナ戦争、中東のイスラエル・ハマス紛争に続き、東アジアでも台湾有事が起きかねないことを世界に知らしめたからだ。 その結果、軍事演習が行われた5月23日から24日にかけて、上海総合指数は3159ポイントから3089ポイントへと暴落した。香港恒生(ハンセン)指数も、1万9197ポイントから1万8590ポイントへと急落した。中国に対する世界の投資意欲は、再び減速したのだ。 さらに間の悪いことに、台湾側が実効支配し、今回の軍事演習の対象区域にも指定されていた金門島からわずか2kmしか離れていない対岸の福建省アモイでは、軍事演習が始まった5月23日から、「中国GCC加盟国産業・投資協力フォーラム」が開かれていた。GCCとは、サウジアラビア、UAE、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートからなる湾岸協力理事会である。 中国は、オイルマネーで潤っている中東からの投資を呼び込もうと、わざわざ台湾の対岸のアモイでフォーラムを開いたのだ。23日には、習近平主席の代理で出席した丁薛祥(てい・せつしょう)常務委員(共産党序列6位)が、会場で習近平主席のメッセージを代読した。 「中国は安定して開放制度を拡大している。GCC各国の企業には、中国で投資するさらに大きな空間とさらに多くの利便性が提供されているのだ。GCCの国が、中国の企業とともに発展していく良好な条件を作り上げていくことを願っている」 ものものしい軍事演習を間近で見ながら、こんなメッセージを聞いたGCC加盟国の政府高官や企業経営者たちは、何を思っただろうか?