東京湾岸タワマンの交通難民を救え 都心で「舟通勤」に熱視線
前述の舟運通勤事業では、野村不動産は船着き場の整備やPRなどを担う。芝浦エリアで手掛ける区域面積約4.7ヘクタールの開発事業「BLUE FRONT SHIBAURA」で、都内有数の舟運ターミナルの「日の出ふ頭」や芝浦運河と近接している立地を生かす考えだ。 野村不動産芝浦プロジェクト本部芝浦プロジェクト企画部の内田賢吾企画課課長は「異なる業界の事業者が協力する舟運サービスはこれまで数少なかったので、いまだに未知数な部分もあるが、実証を通じて、展開を考えていきたい」と語る。 三井不動産も舟運整備に力を入れる。同社は4月22日、築地市場跡地に東京ドームに匹敵するマルチスタジアムなどを建設する再開発計画を発表。5月1日に会見した同社の植田俊社長は「水都東京の新たな玄関口となる」と意気込みを見せた。 計画では、船着き場を新たにつくり、さらに観光や通勤に使える航路を整備する。そのほか自社で電動(EV)船を造船、所有する計画など、三井不動産が舟運にかなりの重きを置いていることが分かる。植田社長は会見で、築地を舟運ネットワークの「ハブ」としていくとコメントした。 三井不動産は23年にも、同社が長年開発してきた東京・日本橋エリアと、東京・豊洲を所要時間20分、運賃500円でつなぐ舟運通勤サービスも開始している。 ●東京都が舟運普及へ億単位の補助も 野村不動産や三井不動産といった大手デベロッパーが相次いで舟運サービスに乗り出す背景には、実は東京都からの経済的な後押しがある。 東京都は16年ごろから、東京五輪・パラリンピック開催に向けて湾岸エリアの交通整備に取り組んできた。都内の複数航路で舟運を運航し、ニーズや事業可能性を検証。都の「舟運活性化に向けた取組総括(平成28年度~令和4年度まで7年間の取組)」によると、22年度には合計で約2850人が乗船し、乗船者へのアンケートの結果、交通手段としての利用意向では、「利用する」「たぶん利用する」が合わせて約7割だった。ちなみに利用頻度については「週に1、2日」以上が約6割、乗船者は「会社員・公務員」が約8割を占めていたという。 ただ、舟運の整備は、造船や船着き場の整備など、多額のイニシャルコストがかかることが多い。さらに舟運通勤のサービスはまだ国内の成功事例が少なく、リスクが高いと見なされ、参入障壁が高いという課題があった。 そこで23年4月から、通勤のために舟運を整備する事業者に対して経済的な補助を行うと公表。事業者を募集した。補助内容としては、舟運通勤サービスを行う事業者に対し、立ち上げ期の運航と船舶のバリアフリー化にかかる事業費の半分を補助する。加えて、運航にかかる費用を1日当たり10万円まで、船舶に関しては、新造ならば1隻1億円、既存船舶の改良は1隻2500万円を上限とする補助を実施する。 前述した野村不動産と三井不動産が関わる2事業は、東京都による支援対象だ。この補助制度に関し、その他のデベロッパーなどからも複数の問い合わせがあるという。 振り返れば、江戸時代から大正時代にかけて、舟運は物流や交易に活用されていた。鉄道など陸上交通が普及した昭和初期でも、隅田川下流では定期船が運航するなど、舟運は日常的な交通手段だった。戦後には河川の埋め立てで航路が減少したほか、生活排水の流入で水質が悪化。舟運は使われなくなっていった。 近年、東京湾の水辺環境は大きく改善した。舟運を新たな交通手段として活用したい東京都と、水辺の価値を向上してまちづくりの付加価値としたいデベロッパーの狙いが合致したことが、にわかに舟運に注目が集まる背景といえる。
馬塲 貴子、佐々木 大智