【2023年総括】ライター陣とTABチームが語る、ベスト展覧会は?【座談会】アート界ゆく年くる年(前編)
それぞれのマイべスト展覧会
毎年恒例、今年1年のアート界を総括する座談会。今回はライターの浦島茂世、杉原環樹、アーティスト・キュレーターの半田颯哉、「バベルの塔展」(2017)の元マスコットで、いまはX(Twitter)で展覧会を紹介しているタラ夫をお招きし、TABのコントリビューティングエディター永田晶子、編集部の野路千晶、福島夏子を交えて開催した。 前編では、今年よかった展覧会を大発表。1年を振り返りながら、各自の関心や美術界のあれこれを語ります。(取材日:2023年11月末)
浦島茂世が選ぶ3展
福島:2023年も多種多様な展覧会が開催されました。まずはみなさんが今年見てよかったと思う展覧会について、それぞれ3つずつ発表をお願いします。基本的には国内の展覧会が対象ですが、これはというものは海外のものを挙げていただきます。 浦島:では私から。まずは「奥能登国際芸術祭2023」(9月23日~11月12日、珠洲市全域)。全体的に、土地と作家がうまくかみ合っていて非常に面白かったですが、とくによかったのが、弓指寛治さんの《プレイス・ビヨンド》。会場である珠洲市出身で、移住先の満州から志願して軍隊に入った南方寳作さんの伝記をもとにした作品です。満州開拓団や戦時中の様子を描いた絵とテキストが100点くらい点々と設置してあり、わりと険しい山道を1時間半くらいかけて歩きながら鑑賞し、南方さんの体験を辿り、追体験していきます。 コースの終盤で分岐するポイントがあり、日本に帰国するというエンディングか、満州に戻るかを分かれている。後者は南方さんの実際の体験ではない「if」であるものの、史実に基づいていたもので、南方さんらとともに満州に希望を求めて渡った人たちのほとんどの名前が記載されている名簿が張り出されている、戦没者名簿なんですけど。 作品自体ももちろんよかったんだけど、後日談があるんですよ。私の奥能登滞在の最終日に、芸術祭のボランティアさんたちとお話する機会があって、弓指さんの作品がいちばんよかったという感想を言ったら、なんとそのうちのひとりの男性が「じつは僕、南方の息子なんです」って言うんです。 弓指さんの作品では、南方さんが帰国し、小松空港まで降りたところまでは語られていたけど、以降の消息は語られない形で終わっていて。それがこうして作品を離れてから、南方さんがその後も元気でいらしたということがわかった。じつは、南方さんは8月18日に特攻に行くことが決まっていたんです。それが、15日に終戦を迎えたことで行かずに済んだ。そんな南方さんが、97歳まで生きて、その命日がまさに2019年の8月18日だったと。まさに特攻に行く日だったんですって。こんな印象的な事実を、弓指さんがあえて語らず、バッサリ切った構成にしたことにめちゃめちゃ感動しました。自分だったらそんな偶然、絶対盛り込むだろうにと。 杉原:僕も見ましたが、深い余韻を残す作品でしたね。この弓指さんの展示に関しては、鴻池朋子さんが2019年の瀬戸内国際芸術祭で発表した《リングワンデルング》も想起しました。これは、ハンセン病のサナトリウムがあることで知られる瀬戸内海の大島で、同じように海岸沿いの山を一周する散策路を開くという作品ですが、じつは鴻池さん、2014年から続けていた「物語るテーブルランナー」というプロジェクトを、ここ数年で弓指さんに受け渡しているそうです。そういった関係性から、今回の弓指さんの作品は、鴻池さんへのアンサーでもあるんじゃないかなと僕は思いました。 浦島:今回の会場にも、弓指さんのテーブルランナーが展示されていましたよね。 次に、「顕神の夢―霊性の表現者 超越的なもののおとずれ」展(7月2日~8月17日、足利美術館ほか巡回)。ヴィジョンが見えた人たちと、それを表現に落とし込んだ作品を紹介する展覧会で、2014年に、同じく足利美術館や松濤美術館でやった「スサノヲの到来―いのち、いかり、いのり」の後継展としてとらえました。出口なおさんの「お筆先」もありましたし、見えてしまった、感じてしまった作家や作品がたくさん出てくる。美術史や文脈に沿って構成された展覧会ばかりのなか、ひらめいてしまったということを共通点にした展覧会というのが非常に新鮮で、すごくおもしろかったです。 そして最後が、「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」(1月26日~4月9日、東京都美術館)。ウィーンのレオポルド美術館の館蔵品展で、きっちりブロックバスター。それだけにエゴン・シーレや関連作家のことがよくまとめられていて、教科書のようなわかりやすさだった。なおかつシーレの性格の悪さなんかもしっかり伝えてくれていて、面白かった。私ね、オスカー・ココシュカがすごく好きで。でも彼は長生きだったんで、著作権の関係でネットに全然画像が上がっていないんですよ。そのココシュカとか、コロマン・モーザーなんかもたくさん取り上げてくれていたのもよかった。 半田:展覧会の企画にも関わっているエゴン・シーレの名前に惹かれてきた人たちに、ウィーン分離派を教えるような、手の込んだ展覧会でしたよね。シーレの個展を期待して行って肩透かしを食らった気持ちになった人もいたかもしれないけれど、ウィーン分離派の世界にひたることができて僕はテンションが上がりました。 タラ夫:ぼくの“中の人”に聞いたところによると、シーレ展は、2019年に同じく東京都美術館で開催された「クリムト展 ウィーンと日本 1900」と地続きで、その準備中にレオポルド美術館とコンタクトを取って以来、数年ほど温めてきた企画だったらしいよ。展覧会としてはできる限り多くシーレの作品を借りたい。でも借りすぎてしまうと向こうになくなってしまう、みたいな駆け引きを何度も重ねたみたい。 野路:クリムトとシーレだと、動員数はどちらのほうが多いんですか? タラ夫:日本での認知度、ファン層の厚さではやっぱりクリムト。タラ夫的「ウィーン3部作」としては、やっぱりこのあとはココシュカ展も見てみたいな。 浦島:ココシュカ、知名度なくてそんなに人気無いんですよね……めっちゃ好きなんですけどね。